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粧説帝国銀行事件

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「って、どんな事の?」
 
「わかりません。ですが我々はこの事件を非常に危険なものと見ている。イカレた与太が信じられ、世界に広まっていることがです。実験説を信じる者はあれを確実な方法と言う。毒もそれ用に開発された究極で至高の毒だから飲んだら絶対に助からないと言っている。実際には16のうち4人が助かっているわけですが、それは頭に入らないし指摘しても彼らは聞かない」
 
「ははあ」古橋は言ってから、「帝銀で12が死んだのは、見つかって病院に担ぎ込むまで一時間ばかり経ってるからだよ。もっと早く運べていたらあと何人か助けられてる」
 
「What?」
 
と言った。古橋は続けて、
 
「あの件では四人が胃の洗浄を受けて助かったわけだが、病院に運んだ時には他にふたりの息があった。もう少し早く運べていたらそのふたりも助かったかもしれないし、発見が早ければもっと多くを助けられているかもでしょう。事件直後にすぐ見つけて運べていれば、全員を救えた可能性すらあることにならないか」
 
「Yes...」
 
とまた言う。古橋はさらに続けて、
 
「裏道にある閉店後の銀行だから発見に時間がかかったんだが、そのような場所でないならすぐ見つかって多くが救助されちゃう方法と考えるべきだ。つまり強盗の手口としてはよくても、暗殺法としてはやってもほぼ失敗するやり方だとね。ガンジーやヒトラーに毒飲ませても病院に運ばれて助けられちゃ困るわけでしょ。軍の秘密機関ならやる前からそこに気づいて〈使えない〉と決めそうなもの――おれはそう考えてたがどうですか」
 
「Yeah...」
 
とまた言い、今の話をよく考えるらしい顔をしばらくしてから、
 
「そう。その一点だけ見ても、暗殺実験説なんてバカげてるとわかりそうな話です。しかしウチの部員の中にもそのように言った者はいないが……」
 
「おれは会う人みんなに話した。係長の甲斐(かい)さんにも、何人かの記者にもね。天城と名刺班のデカ以外みんなに黙れと怒鳴られたが」
 
「なるほど。やはりあなたを選んだのは正しかったようだ」
 
セバスチャンはグラスを置いた。それから笑って、
 
「だからどうです。平沢の犯行だと思ってるんでしょ。今わたしにやったように世にはっきり示してやりたいと思いませんか」
 
「それは……」
 
「その手伝いをしてあげようと言ってるんです。選択の余地はないんじゃないですか。我々GHQといえど日本の警察に命令する権限は持たない。平沢をまた捕まえて無理矢理にでも吊るして終わりにしてしまえと言うことはできない。それは越権行為だし、そうでなくてもいろいろとまずい」
 
「まあ」
 
と言った。セバスチャンは、
 
「わかるでしょう。そこであなただ。ひとりの刑事をマッカーサーの特命調査員として指名し、日本警察とは別に独立して動く権限を与える。我々にできるのはその程度。あなたが誰に目星をつけて事件を追うかは知らないということにする」
 
「待てよ。そんなこと言うが……」
 
「そう。名刺班の一員で平沢に手錠を掛けたひとりであるあなたを選んでその言い分は通らんでしょう。しかし事件解決にはこれしかないと判断しました。これはほとんど達成不可能な任務だが、やれるとしたらあなたしかない。そして悪いがあなたには、結果あなたがどうなろうと当局は一切関知しないからそのつもりでと言わねばならない」
 
などと言いつつセバスチャンはニヤニヤ笑い続けている。古橋が何も返せずいるうちに、
 
「だがあなたは刑事の仕事を命懸けと言うんでしょう。俺はいつも命懸けでホシ(犯人)を挙げてきたのだし、平沢を捕まえて東京へ連れてきたのも命懸けだったと」
 
「それは……」
 
と言った。言ったがやはり続く言葉を見つけられない。そんなことを確かに平沢の護送中、津波のように押し寄せてきたブン屋に向かって叫び立てた憶えはある。
 
セバスチャンは、「それならひとつ命懸けの仕事ができるところを見せてくれませんか。事がこうなった以上、平沢をクロ(犯人)とするには決定的な証拠が要る。これはほんとに命懸けになるかもですが、あなたに見つけてほしいわけです」
 
「わかるよ。だが……」
 
「とても難しい。それもわかっているつもりです。おまけに何を見つけても米軍のデッチ上げに違いないと言われるでしょう。となれば……」
 
「なんだ?」
 
「それを元に平沢から全面自供を取らねばならない。ええとなんと言いましたっけ、あなたがたの隠語で……」
 
「完落ち?」
 
「それだ。自白がカンオチならば後で物言いはつかんのでしょう。確かに平沢の犯行だと世にわかって誰にも文句を言わせぬようにできるわけだ。もちろん、まずその前に新たな証拠を見つけてもらわなければならんがしかし、それができればあなたが平沢の訊問もでき、今度は誰にも邪魔をさせずに済むわけです。マムシのナナと呼ばれる腕でナントヤラ病の嘘つき男を落とせるか、という話でもあるわけだ。古橋さん、これもあなたに命懸けでやって見せてほしいんですよ」
作品名:粧説帝国銀行事件 作家名:島田信之