小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集74(過去作品)

INDEX|22ページ/23ページ|

次のページ前のページ
 

 親から受けた教育は、決して智子にとってためになるものだったと思っていない。むしろ反面教師、言われたことを自分で咀嚼し、どこが自分の気に入らないところなのかを考えることで、自分の性格を形成しようと考えた。
――人に気を遣う人間になりなさい――
 といわれて、反抗心を抱きながら、きっとどこかで気を遣っていたに違いない。それを一番分かっているのは、もう一人の自分のはずである。
 親を見ていて一番嫌だったところは、
――押し付けがましいところ――
 である。両親の年代というのは、どうしても頑固な親に育てられたこともあってか、考えが凝り固まってしまっている。自分で考え、自分で体験して見つけてきた生き方のはずなのに、それを押し付けようとする。
「もう時代が違うのよ」
 と言っても通用する年代ではない。生き抜いてきた考え方が絶対だと思っているからだろう。そこに少しでも、
――人それぞれで性格が違うんだ――
 という考え方があれば、押し付けがどれほど愚かなことか分かるというものである。
「あなたが親になれば分かるわ」
 きっとそう言うだろう。だが、押さえつけて考え方が固まってしまう方が怖いのではなかろうか。
 智子は頭の回転の早い方ではないかと思ったことが何度かあった。元々、小さい頃はよく喋り、考えもなしに、口から言葉が出る方だった。
「あなたは口から先に生まれてきたみたいね」
 と皮肉を言われることもあったが、そんなことでは動じない性格だった。
 子供としては可愛いのだろう。無口で何も話さない子供より、何でもニコニコと話す方が、相手をしている大人も、決して子供の笑顔が嫌いなわけではない。海千山千の社会の中で、何を考えているか分からない中の営業スマイルばかりを見ていると余計に感じる。そのことを、自分が社会に出て、初めて知った智子だった。
 そんな智子も、高校に入る頃から、口数がめっきり減った。考えて話すというよりも、考えていると何を話していいか分からなくなるのだ。
「あなたは、何がしたいの?」
「したいって、別に……」
 話の中で友達に言われてハッとした。あまり自分の意見を口に出す方じゃないのは、自分でも分かっていたし、それだけにあまり皆が智子には聞いてこなかった。
 アドバイス的なことは聞かれることがあっても、心の奥を聞かれるようなことはない。アドバイスを聞かれるだけで、自分が人から信頼されているんだと思って有頂天になっていた智子である。
「あなたは、自分の意見がないの? あなたは、自分がしてあげたいってことはよく言うんだけど、本当にしたいことが私は知りたいのよ」
 言葉が出てこない。言われてみれば、人に何かをしてあげたいということは、言葉の端々で漏らしていた。無意識にである。ごく自然だと思ってきたが、他人には気になることのようだった。さらに、
「あなたは、いつも上にいて、そこから見下ろされているような気がするの」
 とまで言われてしまうと、考え込んでしまって何も言えるはずもない。
――これは親から受けた教育の反動なのだ――
 と智子は感じていた。押し付けられる反動で生きてきたつもりだが、そこには、自分の感情を無意識に押し殺して、まわりに対してのことだけを考えるようになってしまったに違いない。
 智子がやりたいこと、自分のためにしたいこと、それは人に気を遣うことだったのか?
 そう考えると、曲がりなりにも親の教育に逆らってきたつもりで、そのまま実践してしまったように思える。しかもそれが気を遣っていることになるのかということに疑問を感じながら……。
 口数が減ったのは、自分の考えともつかないことを、自分の口から発することが怖いからだ。話をすることで相手に自分の隙を見せてしまうようで、それが恐ろしいのだ。
 智子はそれを考えると、思い出すことがある。将棋の布陣で、
「どれが一番隙のない布陣か分かりますか」
 テレビ番組で、棋師が司会者に尋ねている。
「いや、分かりませんね」
 すると、棋師はすかさず答える。
「それはね、最初に並べた形なんですよ。一手打つごとに、そこから隙が広がっていくんですね」
 と涼しい顔で答えていたのを思い出していた。
 将棋と同じである。自分が下手に動けば、そこから隙は果てしなく広がっていくのである。あまり余計なことを考えず、自分から何かをしたいという気持ちを押し殺すようになったのも、その言葉が一因であっただろう。
 またそんな智子が話さなくなった原因の一つに、世間体を気にする両親もトラウマとなっていた。幼少の頃、よく喋る智子を母親は自分の友達の前になるべく出さないように心掛けていた。邪魔者扱いとまではいかないまでも、幼少の頃に感じた思いが、そのままトラウマとなって智子の中に残ったに違いない。
 智子はそんな親を見て、反面教師に選んだのだ。しかし、それが皮肉にも感情を押し殺す性格になろうとは夢にも思わなかった。智子にとって自分の親とは一体、どんな存在なのだろう?
 智子は同窓会の夜、裕也に抱かれた。自分から望んで抱かれたように思い、智子は満足だった。
「智ちゃん、いいんだね?」
「もちろんよ。あなたが好きよ」
 その場の雰囲気に飲まれたわけではない、智子は心の底でそう感じたのだ。裕也の怒張した感情が最高潮に膨れ上がった時、お互いに至高の時を迎えていた。何度も打ち寄せる波に身体を委ねる快感、しばし忘れていた感覚だった。
「素敵だったわ」
 智子は裕也の腕枕で、恍惚の表情を浮かべていた。裕也に言葉はなく、智子を見下ろしている。
 睡魔に襲われた智子は、きっとそのまま眠りに就いていただろう。気が付くと、横で裕也も軽い寝息を立てていた。
――いとおしい――
 裕也の横顔は、初めて見る表情ではないような気がしてきた。以前にも同じようなシチュエーションで裕也を見つめたことがあるような気がして仕方がない。智子は、自分を抱いた男を思い出そうとしていた。
 だが、どの顔も思い出すことはできない。ベッドの中で腕枕をされていて、顔を見上げるというシチュエーションは思い出せるのだが、その顔は、すべてが裕也の顔に思えてしまう。
――私を抱いた後の男って、皆同じ顔に見えるのかしら――
 と感じるほどだった。安心して寝ているその顔を見たいがために、その人に抱かれたいと思ったのかも知れない。
 だが、今までは、
――抱かせてあげた――
 という気持ちだったようにも思う。初めて抱いてほしいと思った気持ちが、最後まで同じだった。今までは、お互いに絶頂を越えて、迎えた脱力感の中で感じた思いが、
――抱かせてあげた――
 という、まるで自分を納得させる言い訳のような気持ちに変化していた。そのため、本当に相手が好きだったかどうか、疑問だった。裕也にはハッキリとした感情が芽生えている。
――彼が好きなんだ――
 と……。
 裕也はきっと、自分が好きに違いないという気持ちが智子にはある。それは限りなく確信に近いものだった。その日、ベッドの中での時間はあまりにもゆっくり過ぎていったことを、智子はじっと感じているのだった。
作品名:短編集74(過去作品) 作家名:森本晃次