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短編集74(過去作品)

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「自分のことが分かり始めると、相手が好きなのか、分からなくなるの?」
 今の智子が一番知りたいことでもあった。
「そうだね。相手の気持ちを考えながらになってしまうからね。今までは、自分の気持ちを押し通そうとしてきた。相手の気持ちを思いやるという気持ちの余裕ができた反面、自分の言葉の重さを感じるようになったんだろうね」
 まったく想像がつかないだろうと思っていた回答も、聞いてみれば、最初から分かっていたような気がする。智子が期待していた回答に違いないからだ。
 智子は今まで何人も男性を好きになってきた。しかし、後から冷静になって考えると、好きになられたから好きになったのであって、自分から相手を好きになったことは一度もなかったように感じる。
 智子には中学時代から趣味があった。音楽が好きだった智子は中学に入るとギターを始めた。アコースティックギター専門で、クラシックなどを弾いていたのだ。ピアノは元々小さい頃から習っていたので、ギターの腕もメキメキと上達していく。同じ部活に所属する人たち全員から一目置かれていたといっても過言ではない。それは男性からも女性からも同じで、そのことは智子自身にも分かっていて、ちょっとした自信になっていた。
 自惚れやすいタイプの智子は、自分が万能ではないかとまで思ったが、さすがにそれ以外の楽器はできなかった。なぜなら、ピアノでもギターでも、それぞれに才能があると見た顧問の先生が、大会があるごとに、智子を代表として選出したからだ。一つの楽器をこなすだけでも大変なのに、二つの掛け持ちは、それ以外の楽器への挑戦時間を、完全に阻害するものだった。
 智子にはそれでよかったのかも知れない。どれもが中途半端に終わることを嫌う性格なので、ピアノもギターもそれなりに賞をいただいたりすることで、貫徹したといってもいいからである。
 自惚れることを毛嫌いすることのない智子は、
――自惚れていたとしても、それが本人の自信に繋がって、最高の結果が出せれば、それは素晴らしいことだ――
 と思っていた。だから、ピアノに関してもギターに関しても、自分より優れている人はまわりにいないと思うようにしていたのだ。実際には部の中でピアノにしてもギターにしても、智子に叶う人は、一人としていなかった。それは自他共に認めるもので、顧問の先生も分かっていることだった。
 県大会で優勝した時のことだった。
「よくやったな。有吉さんがいてくれて先生は本当に嬉しいよ」
 最高の褒め言葉に思えた智子は、素直に喜びを顔に出していた。自分でも最高の笑顔だと思っていたのだ。
 ちょうどその頃、初めて告白してきた人がいた。
「智子さん、よかったら付き合ってくれませんか?」
 同じ部の男の子で、普段は目立たない性格なので、告白してくるなど夢にも思わなかった智子は、かなりビックリした。目が血走っているように見え、明らかに普段の彼の表情ではなかった。
「どうしたの? 急に」
「急にではないよ。前から思っていたことを告白したんだよ」
「私、告白されるなんて初めてなので、ビックリしちゃって」
 その言葉に間違いはない。確かに告白されるのは初めてだった。だが、告白されるだけの自信は智子の中にあった。それだけ自分を客観的に見て、素敵に思えたのだ。
「智子さん、あなたは覚えてますか? 受賞した時に顧問の先生から褒められた時の表情を」
 何が言いたいのか、少しずつ分かってきた智子である。
「ええ、覚えているわ。とても嬉しかったですわ」
 嬉しかったと素直に感じた時だった。そう、素直に感じた時の表情は、自分でも分かるのだ。きっともう一人の自分が客観的に見ることができるからだと思っている。それだけにまわりから見ても、自分が感じたのと同じ思いを、いや、それ以上の気持ちで見ることができるのだろう。
「あなたのあの時の顔を見て、告白しようと決心したんです」
 褒められて、しかも相手に告白されて嫌なわけはない。智子も嫌いなタイプの男性ではなかった。智子が見る限り、面倒見のいい、人に気を配ることも上手な男の人である。悪い気はしない。
 次第に智子もその気になってきた。前から親しかったような錯覚に陥ったからである。これが、初めて男性と付き合うことになったきっかけだった。
 彼はとても献身的な男性だった。心遣いもうまく、誰とでも仲がよかった。まわりからはお似合いのカップルだと言われて、少し有頂天になっている智子だったが、有頂天になっているということも自分で分かっていた。
――悪いことではないんだ――
 という気持ちが強く、彼だけを見つめていた。得てしてまわりが見えなくなっていたことに気付くのが遅れ、いつもの自分ではなくなっていたようだ。
「最近の智子は、少し変わったわね」
 これは女性の友達に言われたことだ。彼と付き合い始めても、女性の友達とはそれまでどおりの付き合い方をしていたが、ふと、変わったと言われると、気になってしまう。
「変わったって、別に変わってないと思うけど?」
 とはいうものの、思い返してみると、彼だけしか見つめていないことに、やっと気付いたのだ。それまでにそんなことはなかった。まわりを見つめているつもりで一度目を逸らしてしまうと、それまでの感覚が麻痺してきて、再度まわりを見ると、まったく違う世界に見えてくるようで、おかしな気分になってしまう。それも智子の特徴だった。
 何もかもがギクシャクする。彼との関係に溝ができ始め、そのことを彼が気付かないないわけはない。お互いに何となく変だと思い始めると、自然と別れが訪れていた。きっとお互いに傷つかないような別れ方を肌で分かっていたのだろう。心の中に大きな溝ができたような気はしたが、二人ともが傷つくことなく別れていた。
 きっとその思いがあって、智子は自分から人を好きになることがなくなってしまったようだ。
――颯爽としていて、クールな女性――
 というイメージを自分で作ろうとしていた。
 まわりもそれを分かっていたようだ。しばらく、智子に告白してくる人もおらず、智子の中で落ち着いた日々を過ごしていた。
――人と付き合わないなら、付き合わないで、そちらの方が気が楽でいい――
 と思うようになっていた。友達の中には、親身になって人の世話を焼いている人がいる。誰からも好かれたいと思っているようで、智子が訪ねた時も、それらしい応えが返ってきた。
「面倒見がいいのって、人に好かれるみたいね」
 含みを持たせて聞いたつもりだった。
「ええ、そうよ。そっちの方が変に気を遣わなくていいじゃない?」
「え? 私から見れば、気を遣いまくっているように見えるけど?」
「そんなことないわ。自然にしているから、別に気を遣っているなんて思わないもの」
 性格的な違いが大きいのだろう。智子には、話の意味が分からなかった。少し含みを持たせることで、深く聞いたつもりだったが、サラリとかわされたようで、拍子抜けしてしまった。
作品名:短編集74(過去作品) 作家名:森本晃次