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短編集74(過去作品)

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 人の話の相談に乗ったりすることが多く、学生時代から、友達に相談相手のように思われている。もちろん、慕われていることは嫌ではない。きっと時間にカッチリした性格が幸いしているからであろう。
「時間に正確な人は、人から信頼されるのよ」
 母からよく言われた。
「お父さんのようになっちゃダメ」
 これも母の口癖だった。
 人から受ける相談ごとを真剣に考えていると、相手の性格も見えてくる。自分の考えというのも、相手を見ていると浮かんできて、的確な助言ができていただろう。話のないようから相手の欠点と長所を見分けることで、自ずと見えてくる結論、智子にはそれが分かるのだった。
――まるで自分のことのように思える――
 だから、助言ができるのだ。
 しかし、実際に自分のこととなると、欠点や長所が見えてきたとしても比較対照などなく、それゆえに自分のなすべきことがなかなか見つからないでいる。
――自分が一番大切だ――
 と最近感じるようになった。自分がしっかりしないと、まわりにアドバイスなどできっこないという考えが、そのままジレンマとなって智子の心にのしかかっている。
「以前は、皆にアドバイスできるおねえさん的な存在だったのにね。最近は何をアドバイスしていいのか、自分でも分からなくなってきたの。人に話す一言一言が怖くなってきたの」
 と、裕也に話した。
「それも君が自分のことを分かってきた証拠じゃないのかい?」
「そんなことないわ。現に仕事場ではつっぱっているし、そんな女をきっと誰も女性としてなんて見てくれないわ」
「君は女性として見てほしいんだね?」
 そう言って、真剣な顔をする裕也を見て、言葉に詰まる智子だった。
 男性に見つめられることが恥ずかしいことだということを、その時まで智子は知らなかった。そこには、仕事場で男に混じって、無意識にではあるが女というものを隠し、ひたすら仕事に没頭する智子の姿はない。男性と二人だけの空間が生まれたようで、恥ずかしさの中に、期待感が膨らんでくることに、智子は気付き始めたのだ。
「君は今まで自分のことを知らなかったんだ」
 裕也の一言一言が、智子の心に半鐘として響く。
「でも、僕は知っていたつもりだよ。君が自分に気付くまで待っていたんだ」
 顔が真っ赤になるのを感じていた。今までに感じたことのない心臓の鼓動の早さに、自分の身体ではないような妙な感覚を覚える智子だった。
「あんまり言われると、言葉が出なくなっちゃう。人と軽い付き合いしかしたことないからかしら?」
「きっとそうだね。軽い付き合いも、君だからよかったんだよ。君との軽い付き合いも好きだったんだよ」
「軽い付き合いって何なのかしら? 男の人とでも女の人とでも、同じような付き合い方をしてきたつもりだけど、だからなのかしら?」
「いや、相手に深入りしようって気持ちがないからかも? 相手の気持ちを考えているつもりで、君は自分に当て嵌めて考えようと無意識にしていたんじゃないか?」
「そんなつもりはないんだけど」
 智子は考え事をしていると、自然と頭が垂れてくる。次第に下がっていく頭を見て、裕也は黙って見つめていた。
 智子は何かを思い出しているようだ。人から受けた相談を、無責任に答えてはいけないと思えば思うほど、まるで自分が他人事のように思えてくる。
――もう一人の自分が、人と対峙していて悩みを聞きながら考えている――
 そんな光景を見ているのだ。だからこそ、的確なアドバイスができたのかも知れない。しかし、自分のことが少しずつ分かり始めた今、今度は人にアドバイスすることの重さを感じるようになった。自分の重さを意識していなかったのだ。
――人の話の重さに自分の重さが耐えられない――
 人へのアドバイスの重さを思い知ったようだ。
 人にアドバイスすることも、学生時代を最後になくなっていた。学生時代も最後の方は、相談を受けたとしても、的確に答えを返せなかった。高校の頃までは、アドバイスが勝手に口から出てきたものだが、それも考えが本当に纏まっているのかと思えるほど早く、しかも的確にである。
――無責任とまではいかないが、怖いもの知らずだった――
 と感じている。今でも的確にアドバイスしている自分の姿を思い出しては、自分に酔っている智子であるが、今はもうできないことを寂しくも感じている。
 自分というものを分かり始めると、人にアドバイスも的確にできなくなってしまうことがストレスとして溜まってきた。自分のことが分かるからアドバイスできていたと思っていた頃が懐かしく、これも大人になった証拠なのかと感じることでストレスを解消しようとするが、自分を見ているもう一人の智子が、それを許してくれないのだろう。
 智子は、自分がウソをつけない女だと思っている。実際にひどいウソをついたことがない。些細なウソなら軽く流してしまえるが、大きなウソとは自分をも欺くものである。そんなことは死んでもできないと思っていた。
 人にアドバイスすることが、自分にウソをつくことだとは言えないだろう。だが、自分を知らないのに、まるで、人生の何たるかを知っていたかのようにアドバイスしていたことが自分を欺いていたことにならないだろうか?
 智子はそのことを悩んでいた。
 裕也にはそのことが分かっているのか。
「智ちゃん、そんなに悩むことはない。つっぱってきた君も、今の君も、同じ智ちゃんなんだよ」
「ありがとう。あなたには私が見えるの?」
「見えているつもりだよ。でも、僕が自分を見えているかどうかは分からないけどね。人を見つめることで、自分を顧みることだってできるんだろうね」
 裕也の言葉に目からウロコが落ちるのを感じた。
――今まで甘えたいと思っていた男性って、裕也のような人を感じたかったのかしら――
 頭の中で白馬に乗った王子様を思い浮かべる。そんな「おとぎばなし」のような話を今までの智子なら、
――私には似合わないわ――
 と頭に浮かんでいたとしても、すぐに一蹴してきただろう。だが、今の智子は素直に受け入れることができる。
 今まで人を好きになったことが本当になかったのだろうか?
 智子は思い出してみると、何度かあったように思う。しかし、そのすべてが、相手に好かれているという思いがあったからで、決して自分から好きになった人は一人もいない。
 今だってそうである。きっと人から好かれているという思いがないと、人を好きになれないと思う。自分から人を好きになるということ、それがどういうことか、いまだに智子は知らないのだ。
「ねえ、裕也。あなたは、自分から人を好きになったことってある?」
「あるよ、いつも自分から好きになって、告白してはフラれてばかり。情けない思いを何度もしたものだよ」
「へえ、そうなんだ」
 漠然と聞いてみたが、やはり軽い答えが返ってきた。智子にとって想像通りの回答であったが、何か物足りない。
「裕也は私のこと好き?」
 思い切って聞いてみた。どんな回答が返ってくるか、さすがに想像できない。
「どうなんだろう? 好きだったことには違いないけど、今は分からないな。きっと、僕も少し自分のことが分かり始めてきたのかも知れないね」
作品名:短編集74(過去作品) 作家名:森本晃次