短編集74(過去作品)
それまで、男性を自分から好きになるなど考えたこともなかったはずで、男性からは好かれるものだと思ってきた自分が分からなくなってきた。
――いやいや、そんなバカな――
同窓会という独特な雰囲気が、そんな気分にさせるのだ。だが、自分でもこれほど雰囲気に飲まれるような性格だと思ったことはない。誰かを求めているのかも知れない。
あの頃から、胸がムズムズしたり、無性に誰かに包まれたい気持ちになったりしていたのが、どこから来るのか分からない。そんな気持ちのまま、高校を卒業したのだった。
進学は短大で、まわりは女性だらけ。自分で望んでの進学だった。
――これで、男を見なくて済むわ――
と思っていたが、ストレスが溜まるばかりだ。むしろ、
「私、昨日、彼と思い切り燃えちゃった。彼ったらね……」
などという会話を始めると、すぐにでも、その場から立ち去りたい衝動に駆られる。
入学し、しばらくすると、自分がつっぱって生きてきたように感じるようになった。
――誰かに甘えたい――
これが高校時代に感じた、誰かに包まれたいという思いだったことが分かってきた。
気がつけば、まわりに甘えられるような男性がいるわけではなかった。今まで、男性であろうとも、皆、自分よりも劣っているとまで自惚れていた智子に、今さら甘えられるような男性が見えてくるわけもない。それだけつっぱって生きてきたのだ。
――抱いてほしい――
という思いはそのままストレスとなり、自分の中に壁を作った。それが智子にとっての「殻」となり、まわりとの協調性を阻むようになっていったことを自覚できるほど、人間ができていなかった。
今さら抱いてほしいなどという言葉が似合うわけでもない。一番それを分かっているのは、かくいう智子だった。だが、自分を分かっているつもりでいるが、それもどこまで分かっているのだろう? 智子の中に自己嫌悪のようなものが生まれていた……。
「智ちゃんは相変わらずだね」
小学生の頃からの幼馴染で、橋本裕也が話しかけてきた。小学生の頃はよく一緒に遊んでいたが、彼は女の子の遊びでも、智子に付き合ってくれた。
「そうかしら? 相変わらずとは?」
「ポーカーフェイスってところかな? あまり気持ちが顔に出ないでしょう?」
「そんなことないと思うけど」
気持ちが顔に出ないというか、気持ち自体がどこにあるのか、智子自身、自分で分かっていなかった。
「堂々として見えるところは、やっぱりしっかりしている証拠だね。きっと、会社でもいい仕事しているんでしょう?」
「そうね、自分に自信は持っているわ。そうじゃないと、建設会社のようなところで、女が仕事していけないもんね」
「まわりの男を蹴散らしているイメージがあるよ」
本気とも冗談ともつかない裕也の言葉に、智子は苦笑するしかなかった。そんな言葉が男から、しかも幼馴染から出てくるなど、屈辱的な感じがする。それだけ智子のことを、
――少々のことを言われても、あまり気にしない方なのだ――
と思っているのだろうか? 裕也は昔からあまり無責任な発言をしない方だと思っていた。
――いや、私の方が変わったのではないだろうか――
智子は思った。自分がそれだけ繊細になったに違いないと……。だからこそ、以前は気にならなかった言葉を敏感に感じるようになった証拠。つっぱっていれば、笑い話ですませていただろう。それが智子だったのだ。
最初は気にならなかったまわりの噂が気になり始めたのも事実だった。
会社で最初の頃から噂されていたのを聞いた時は一瞬ショックだったが、つっぱって生きている智子にとって、それは生き方の証明のようで、むしろ励みとなった。
――笑わない女――
そんな称号があったようだ。面白半分なのか、真剣につけた称号なのか分からないが、建設会社のまわりの男など、「感じる男」でありっこない。何と言われようとも気にならない。
それがポーカーフェイスという言葉の裏返しだろう。
――ポーカーフェイス、大いに結構。それが私なんだ――
と思うことで、一件落着。得体の知れない男たちとは、仕事上での付き合いだけでいいのだ。
だが、会社を一歩離れると、違う自分を見せたい。男に媚びるような女性ではなく、一本筋の通ったような、他人から一目置かれるようなそんな女性でありたい。同窓会はそんな自分を表現できる場所だと思っていた。
今の生活で、一番何が気になるかといって、マンネリ化した生活が嫌だった。それでいて、カチッとした生活でなければ気がすまない方なので、一分一秒を惜しむ気持ちが表に出ている。別に急いでも仕方がないことでも、気がついたら急いでこなしていたりする。
生真面目なところがあるが、几帳面ではない。部屋の掃除もするにはするが、散らかっていてもそれほど気になる方ではない。しかし、なぜか時間にはカチッとしていなければ気がすまないのだ。
きっとそれは育ってきた環境にあるのかも知れない。
智子の父は時間にルーズな人だった。どこかに出かける時でも、最後まで用意をしているのは父で、母から、
「早くしなさいよ、本当にグズなんだから」
と蔑まれても、バツの悪そうな顔をするだけで、なかなかその性格を治そうとしない。子供心に、
――どうして母の言う通りにできないんだろう――
と思い、疎ましく思っていた。
――治せない性格もあるんだ。性格だからこそ、持って生まれたもの――
と考えるようになったのは、もっと大きくなってから……。
智子はいつも何かを考えている女の子だった。何かの結論を求めようと考えているのではない。考えがまた元に戻ってきたりして、袋小路に嵌まっていることも珍しくない。そんな中で、性格についても考えていて、性格というテーマが半永久的な問題のように思えて仕方がない。それこそ、ある程度考えが纏まると、また元のところに戻ってくる不思議な感覚であった。
やっとそこまで分かってきたのは、自分の気持ちに余裕ができてきたからだと感じたからだ。それがごく最近のことだった。
明らかに少し智子の考え方には余裕が出てきたようだ。だが、表に出る態度だけは、今までと変わらない。急に変えることは、智子の中のプライドが許さないに違いない。まわりが見ている智子のイメージを崩さなくとも、気持ちに余裕の生まれてきた智子は、徐々に変わっていくことを本能的に分かっているに違いない。
だが、その反面、身体がついてくるだろうか? 女としての智子を受け入れてくれる人を求めているのを最近知った。気持ちに余裕が出てくるというのは、きっと自分を客観的に見ることができるようになったからだろう。
そんな智子が一番気にしているのは、
――笑わない女――
と言われること。確かに会社で笑顔を見せたりしない。ポーカーフェイスを装っているが、その気持ちの裏には、
――私は、あなたたちとは違うの――
という優越感があった。笑わない女という称号は、そんな智子への皮肉めいた表現である。それが分かっていて、まわりへの見方をなかなか変えることのできない自分にジレンマのようなものを感じていた智子だった。
智子は常々、人のことはよく分かるのに、自分のことが分からないと思っていた。
作品名:短編集74(過去作品) 作家名:森本晃次