短編集74(過去作品)
確かに清楚な雰囲気で、いつも見舞いに来てくれる献身さは、心を打つものがあった。私も素直に喜んでいたし、嬉しかった。しかし、さすがにお嬢様という雰囲気が湧いてこない。それはきっと彼女との異常性癖を思い出すからだろう。
思い出せば思い出すほど顔が火照ってきて、身体の中から何かが湧き出してきそうに感じる。だが、その反面、
――こんなことでいいのだろうか――
と感じるのも事実で、時々自分が恐ろしくなる。
――自分の中に悪魔が住んでいるみたいだ――
とまで感じているのは、それだけ異常性癖があることを気にしていて、トラウマのようになっているからに違いない。ユカリと二人きりになると、現われるもう一人の私、他の人は絶対に知らないもう一人の私。きっと二重人格なのだろう。
普段はジキル博士、そして、ユカリと二人きりの時はハイド氏……。
私が退院して少ししてからのことだった。
「おばあちゃんがいよいよ危ないみたい。体調が悪くなければ帰ってきてくれるかい?」
という連絡が母親からあった。
「大丈夫なのかい?」
「今は病院に入院しているの、お医者さんが、身内の人を呼んでおきなさいって」
ということはいよいよ危ないということである。私は、とりあえず実家に急いで戻った。
それから数日して祖母は息を引き取った。八十を越えた大往生というべきかも知れない。そういう意味でそれほどまわりの人が悲しんでいないことが少し不思議だったが、私自身初めての身内の死というものをどう受け取っていいのかよく分かっていない。
お通夜の席では、老人ばかりで、祖母の若い頃の話に花を咲かせていた。
話の内容の細かいところまでは分からなかったが、おじいさん連中の話を聞いていると、どうも私だけにしか分からないような話をしているような気がして仕方がない。会話としては当たりはずれのない会話で他の人は、ほのぼのした会話に聞こえるだろうが、なぜなんだろう? その会話の中に祖母が混じって一緒にいるような錯覚に陥るのだった。
線香の匂い、そしてお坊さんのお経の声、そして木魚の音、どれもが、ほとんど今まで知らなかった世界であるにも関わらず、いつも感じていたような気がするのは、私がいつも祖母のそばにいたような気がしていたからに違いない。きっと、祖母は毎日のように亡き祖父のために最後まで毎日線香をあげていたはずだから……。
――私の異常性癖は遺伝によるものなのだろうか――
祖母のことを思いながらお通夜の席にいるだけで、いつも私のそばに祖母がいるように思う。そして、私に語りかけているようだ。
お通夜から葬式、慌ただしい時間はあっという間に過ぎ、私の中のイライラが鬱状態に変わり始めていたのを、忘れさせてくれた。入院というのは、何かの虫の知らせだったように思えて仕方がない。祖母が私を呼んでいたのだろうか?
その日の目覚めはあまりよくなかった。だが、枕元で私を見つめているその人、入院した時に私のそばに立っていたその人が、昨夜の夢に出てきたのだ。
シルエットに浮かんだその顔、それは、若かりし頃の祖母であることは、きっと私にしか分からないだろう……。
( 完 )
作品名:短編集74(過去作品) 作家名:森本晃次