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短編集74(過去作品)

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 眠っている間に夢を見ていた。そこに出てきた女性は、ユカリだったのかハッキリとしない。確かに女性が出てきて、ベッドに横になっていて身体を起こそうとしている私を見つめている。
 しかし、どうしたことか、身体が動かない。何かで縛られているのか、それとも身体自体が痺れていて動けないのか分からない。
 シルエットに浮かんだ影のような女性、見覚えがあるような気がするが、誰かを判定するとこまで頭が回らない。
 ボケッしている頭を必死になって回転させようとするが、我ながら普段から自分の世界に入り込んでの集中力はあるのだが、まわりに影響される集中力は持ち合わせていない。
「誰だい? そこにいるのは」
 訊ねるが、答えがない。息遣いのようなものが聞こえる。少し声のトーンは低めで、私の知っている女性の息遣いではないように感じる。最初に身体を重ねた女性にしても、ユカリにしても、二人とも声のトーンはかなり高い。
 もちろん、身体を重ねた時の妖艶な息遣いや、普段の声から想像しての息遣いなどは、すぐに想像できるものである。私の想像の域を外れた息遣いを聞いたその時、自分が夢の中にいることをハッキリと悟った。
 頭痛を感じていた。夢だと思っていながら、他の感覚はないにもかかわらず、頭だけが芯から湧き出している痛みであることを感じていた。
――身体が動かないのは、頭痛が原因かも知れない――
 シルエットに浮かび上がった女性が近づいてくる。
――まさか――
 そこには一人の女性が頭に浮かんでいた。まさかと思えるその人が、私の夢に登場するなど考えもしなかったからで、何よりも、目の前に現われるその姿、私の記憶にあるものではない。ありえないのだ。
――これこそ潜在意識のなせる業なのだろうか?
 夢というのは潜在意識が見せるものだと思っている私は、なぜその人が私の夢に登場してきたか分からなかったが、なぜ顔がハッキリとしないか分かった。想像もしたことのない顔が、きっとシルエットの影にはあるに違いない。
 そういえば、私は今までに何か危険なことがあっても、その寸前でうまく逃れてきた。目に見えない力が働いて、私を危機から救ってくれていたのだ。
 目の前の女性の顔がハッキリと分からないのに、微笑んでいるように思えてならない。その顔はきっと私の知っている微笑で、今までに見たことも、そしてこれからも見るかも知れないものだろう。
「大丈夫ですか?」
 遠くから声が聞こえ、私は無事に現実の世界によみがえってきたのだ。
「僕は眠っていたんだね?」
 たくさんの声が聞こえたような気がしたが、目の前にいるのはユカリだけだった。一瞬、怖さのようなものを感じたが、それは気のせいだったのだろうか。
「風邪を拗らせて、悪性の肺炎になっていたみたいね。待ち合わせに来ないから、驚いちゃった」
 それ以降の経緯は、後で同僚から聞かされた話と同様だった。
 昔から体調が悪い時や、落ち込みが始まる時には決まって同じような夢を見る。
 目の前に、見たことはあるのだが、誰だか分からない女性が現われ、ただ微笑んでいる。
――天使の笑顔――
 だと思っているのは、その後に起こるであろう私にとっての危機を、夢を見ることで逃れられたと思っているからだ。何か根拠があるわけではない。ただ、そう感じるだけなのだ。
 学生時代といえば、何かあったとしても、それほど大したことではない。だが、大したことではないわりに、ハッキリと、
――あれは危機だったんだ――
 と思えるのだ。例えば、苦手な科目の試験前にふっとひらめいて、その箇所だけ勉強すれば、うまくそこが出題されたりした。いわゆるヤマが当たっただけなのだろうが、それが一度だけならただの偶然で片付けられるだろう。しかしそれが二度、三度と続けば……。ヤマを張ることの嫌いな私だったが、苦手な科目に限り、仕方ないと思っていた。不本意であるが、それでもうまく切り抜けられることは、危機回避に繋がる。
 私には鬱状態に陥ることが、往々にしてある。周期的な時もあるし、いきなりやってくる時もある。そのどちらにも入り口のようなものがあり、予感めいたものがあるのだ。
 人との会話が億劫になり、時の流れを早く感じるわりには、一日が長い、さらに一週間ともなれば、果てしなく長く感じることだろう。陥った鬱状態から抜け出すまでに掛かる時間はいつも同じで、大体半月ほどであろうか。
 今回のように肺炎で意識を失った時も、きっと鬱状態への入り口のような予感があったように思える。倒れる寸前に考えたのは、鬱に入る寸前ではないかと感じたほどだ。遠くの方で音楽が聞こえたような気がした。クラシックで、ショパンのピアノ曲だったように思う。学生時代に近くにあったクラシック喫茶によく友達と行っていたが、そこで一番人気だった曲である。
 意識が戻って喜んでいるユカリ、その表情に疑いを感じるのはなぜだろう?
 だが、本当にそこにいるのがユカリなのか、不思議だった。記憶の中のもう一つに、同僚がベッドの脇に座っている姿を思い浮かべていたからである。ユカリが電話してきてくれて、私の容態を聞いて取り乱していたユカリに対して信じられないと思っていた私。
 ユカリが来てくれたとすれば、心細くなっているところに来てくれたのだから、素直に嬉しいはずなのに、まるで鬱の時に感じる億劫さがあるのだ。それは動かない身体がそうさせるのか、精神的な要素がほとんどなのか、自分でも分からなかった。
 身体の節々が痛いにもかかわらず、頭がボーッとしていて、かなりの熱が私の身体を蝕んでいるのが分かった。腕には点滴の針が刺さっていて、管が伸びている。少しでも動かそうとすると、刺さっている針のところからジーンとした痛みが広がってくるようだ。
 思考能力など、持ち合わせているはずのない状態で感じていることは、妄想なのだろうか?
 窓の外ではセミの声が聞こえる。
「季節は夏なんだ」
「そうよ、毎日が暑いわ」
 今まで、夏を感じているとしても、それは暑さによるものだけだった。セミの声を感じて暑いと思ったなどなかったことだ。そんな気持ちを久しぶりに思い出していた。
 夏、風鈴、セミの声、次第に思い出してくると、目の前にカキ氷があるのを感じる。額の上に置かれている氷嚢に、夏に食べるかき氷を感じていた。
――そういえば夏になると近くの縁日でカキ氷を食べたっけ――
 年に一度だけ、子供用の浴衣に袖を通していた。
「たった一度しか着ない浴衣なのにもったいないんじゃありませんか?」
 という母の言葉を無視して、祖母が買ってくれたのだ。まだ、モノの価値の何たるかなど分かっていなかった私だったが、年に一度しか着ないものを買ってくれたことに関しては、贅沢だと思っている。
「よく似合うわね。勇作ちゃん」
 惚れ惚れするような眼差しを私に向けてくれた祖母、その浴衣を着ることのできる私は、何よりも喜んでくれる祖母の顔が今でも忘れられない。
作品名:短編集74(過去作品) 作家名:森本晃次