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短編集74(過去作品)

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「私とあなたは違うようね。最初は嬉しかっただけど、どうやら、あなたは、私とどこかが違うのよ」
 私は、ビックリした。てっきりずっと付き合っていけると思っていたのは、征服感があったからだろう。だが、私にくらべてオンナは冷めていた。最初から最後まで冷静だったに違いない。
 彼女を失ったようで、私の落胆は思ったよりも大きかった。しばらくは、自分が自分でないような、そんな気持ちだった。
――ひょっとして自分が異常な性格なのでは?
 と気付いた時に、また新しい彼女ができた。
 その人は私の性癖を最初から見抜いていたようで、彼女の方からアタックしてきたのだ。
いわゆる「逆ナン」といわれるやつで、それでも私はよかった。
――私にそれだけの魅力があるんだ――
 と思い込んでいたからで、最初こそ、私の性癖への興味だとは分からなかった。
 私の興味は会うたびにエスカレートしていくようだ。
 相手の身体を縛ってみたりする異常な性交の彼女との間で行われた。性交中の私はまるで他人事、本当に自分なのだろうかと感じることもしばしばで、
――これは性交というよりも芸術なんだ――
 と思うようになっていた。
 元々、私は芸術家肌だと思っていたことがあった。それは学生時代からで、当時の私は絵を描いていた。絵を描くというのは、
――一つの発想から、数数え切れないだけの発想を持たないと続かない――
 と思っている。なぜなら、カンバスのどこに最初筆を当てるか。それが一番難しい。当てた場所から今度はどれだけバランスよくカンバスを埋めていけるかが、絵を描く上での生命線になるのだ。すべてはバランスと感性、それが、芸術というものではなかろうか。
 学生時代にはいろいろな芸術に挑戦したものだ。小説を書いてみたり、ポエムを書いてみたり、その中で選んだのが、絵画だったのだ。発想ということに関しては、すべての芸術に共通することだった。小説にしても、最初の書き出しが一番難しく、後は書きながらでも次々に発想が浮かんでこなければ、なかなか先には進めない。それだけ未熟なのかも知れないが、熟練しても、それが自然なバランスとして表に出ることで、厚みを帯びた作品ができるのだと確信している。
「芸術家肌の人って、変わり者が多いわね」
 ストレートに言われたことも学生時代にはあった。特に気が強くてあまり世間を知らないような人はそう思っているかも知れない。また、私が学生時代に好きになる女性はそんな人が多かった。気が強い女性に憧れるのは、きっと自分に自信のかけらもなかったからに違いない。
――気がつけば、気が強い女性だった――
 というのが本当のところで、最初は分からずに好きになるが、元々気が強い女性が嫌いではないので、結構友達としては、うまくいっていた。少々の毒舌も気にしなければいいことで、心の中で開き直っていた。
――変わり者か。そうかも知れないけど、他の人と同じって言われるよりもいいや――
 と感じていた。
「その他大勢」を嫌うからこそ、芸術を好むのだ。「その他大勢」に染まりたくないという思いはずっと持ち続けていくだろう。
 学生時代に芸術を堪能した私は、その気持ちのまま社会へ出た。
 大学時代と同じく実家から遠いため一人暮らしを続行したのだが、皆が掛かるといわれた「五月病」も掛からずに済んだ。きっとそれこそ、
――「その他大勢」は嫌いだ――
 という思いが強かったからに違いない。あくまで自分は芸術家肌、会社を一歩離れた自分は、他の人とは違うのだ。
 そんな時に気付き始めた自分の異常性癖、もし自分が芸術家肌だと思っていなければ、ぞっと悩んでいただろう、しかし、芸術家肌だという意識があることで、
――これは性交というよりも芸術なんだ――
 と感じているのも事実である。
 だが、最初の女性のことが忘れられない自分がいることにも気付く。
 彼女が忘れられないのは、初体験の相手というだけではないように思える。甘えられる存在のような気がするからで、異常な性癖である私にビックリすることもなく、受け入れてくれた。彼女にも同じ性癖があったからだ。だが、それでも、
「私とあなたは違うようね。最初は嬉しかっただけど、どうやら、あなたは、私とどこかが違うのよ」
 という言葉が頭に残っている。その言葉の意味が分かったのは、自分の異常なところが少し分かってきたからである。
――きっとどこか中途半端に見えるからだろうな――
 異常であっても、人それぞれである。彼女が感じていた異常性癖の感覚と、私のそれとを冷静に考えてみて、彼女の目になって見てみることで感じた私なりの結論だった。
 その彼女とは今も付き合っている。名前をユカリといい、実に不思議な女性だ。
 最初に付き合った女性の面影を引きずったまま付き合っているので、きっとすぐに別れることになるだろうと思っていた。別れたとしても、それほどのショックを感じないだろうという思いもあった。
――腐れ縁――
 そんな言葉が頭をよぎる。腐れ縁といえば彼女に失礼じゃないかとも思ったが、相手も同じように思っているだろう。
 お互いに相手の性癖を認め合っていた。ユカリも私の征服欲に従順に答えてくれる。異常性癖を異常性癖で返してくれるのだ。まさしく肉体的な相性はバッチリで、気持ちにそれがついてくるかが問題だった。
 しかし別れずに付き合っているということは、気持ちもついてきているのだろう。相手を思う気持ちがすれほど強いとは思わないが、お互いに見えないところで引き合っているに違いない。それが相性であり、離れられない要因にもなっている。
 あれは私が悪性の風邪を拗らし、入院した時のことだった。毎日のように見舞いにきてくれるユカリに初めて、
――彼女なんだ――
 という思いを抱いたように思う。それまでに何度も会って身体を重ねたにもかかわらず感じたことのなかった思い、それこそが、自分の求めていたことだと感じた。
「ユカリ、すまないね。いつも来てくれて」
「いいのよ。体調の悪い時は寂しいものなの。私には分かるわ。だから、あなたのそばにいつも私がいてあげるの」
 今までにこんな会話をしたことなどなかった。会話といえば他愛もない話が多く、お互いの気持ちに触れるような話を一切しなかった。うまくやっていく秘訣のようなものだと思っていたし、楽しければそれでよかった。
 体調が悪くなって入院した時、私は半分、気を失いかけていたようだ。まだ会社にいる時間だったので、同僚が救急車を呼んでくれた。その日は、ユカリと待ち合わせをしていた。私が現われないことで心配になったユカリは、会社に電話を入れたようだ。
「病気なんですか? どこの病院ですか?」
 同僚は相手の驚きように一瞬たじろいだと言っていたが、あの冷静なユカリが取り乱すなど、私には信じられず、
「本当に、緒方ユカリですって答えたんだね?」
「だから、ここを教えたんだよ」
「いやいや、ありがとう」
 意識がハッキリし始めた私のベッドの横にいる同僚との会話だった。
作品名:短編集74(過去作品) 作家名:森本晃次