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袋小路の残像

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――息をしていないのではないか?
 と思えるほど微動だにしていなかったにも関わらず、気が付けば、少しずつ揺れているような気がする。
 それは貧乏ゆすりのような小刻みな揺れではなく、メトロノームのような振り子が揺れている雰囲気に似ていた。
 振り子というのは見ていると、催眠術にかかってしまうようなイメージがあったので、なるべくじっと見ないようにしようと思っていたが、一度意識してしまうと、目を逸らすことができなくなってしまっていた。
――大丈夫なのかしら?
 と感じたが、これは一体誰に感じたことなのだろう?
 目の前の揺れている人の行動を、大丈夫なのかと感じたのか、それともその人の精神状態に感じたのか、それともその人から目が離せなくなってしまった自分のことを大丈夫なのかと感じたのか、一体どれだったのだろう?
 きっとその中のどれかなのだとは思うが、それを最終的にどれなのかという決定的なものは何もなかった。
 あすなはその男性だけが気になっていたはずなのに、次にその横にいる女性を意識してしまった。
 その人はその男性とはまったく関係のない人だということは分かっていたはずだったが、彼女のことを意識した理由が、
――この人も隣にいる男性を意識している――
 と思ったからだ。
 その意識の元になっているのは、彼が揺れ始めてからなのか、それとも最初からなのか分からない。ただあすなの記憶が正しければ、その女性は男性がその場所に現れる前からいたような気がする。
――結構長いこと待っているようなんだけどな――
 とあすなは感じたが、彼女は自分が待たされているということを苦痛に感じているような素振りは感じさせなかった。
 それよりも、この二人に共通していることは、それぞれで気配を消しているように思えてならかなったからだ。二人のことを意識してしまうと、今度は無視できなくなるようなオーラを持っていそうなのだが、まったく意識しないと、二人をまるで石ころのように、目には見えていても、意識させることのない存在として君臨しているのかも知れない。
 男性はその女性のことをまったく意識していない。
「まわりがまったく見えていない」
 と言ってもいいかも知れない。
 まわりが見えていないわけではないと思うのだが、そうなると、意識して見ていないということになるだろうか。
――いや、ひょっとすると、本当に見えていないのかも知れない――
 というのは、見えていることが他の人の目とは違っていて、自分だけまったく別の世界が見えているのかも知れないということであった。
 そんなバカなことなどあるはずがないのだろうが、あすながそんな感覚になったのは、その人のことを、
「前にも見たことがあったような気がする」
 という思いにさせられたことからだった。
 デジャブというには、子供心なので、
――思い過ごしかも知れない――
 と思ってしまえば、もうそれ以上考えることなどないのだろうが、その時のあすなには思い過ごしなどという感覚はなかった気がした。
 その男性の視線は次第にうつろになってきた。もはや誰かを本当に待っているのだどうか、不思議に思えてくるほどで、本当に催眠術にでもかかっているのだとすれば、誰によって掛けられたものなのか、想像してしまった。
 あすなはその時、ふと時計を見た。
 時計は駅のコンコースにあり、待ち合わせの時間まで後五分を示していた。
――もう後五分になっちゃんだ――
 と思った。
 あれだけ長いと思っていたはずのこの十五分間、すでに十分も経っているなど思いもしなかった。
 時間の感覚がマヒしてしまっていることと、その時間も時間帯で進行が微妙に違ってきていることに気付かされた。
 ここでいう微妙という言葉は、あくまでも概念的な意味であり、実際には大きなものだったのかも知れないが、それをどう表現するかということを考えれば、やはり微妙という言葉でしか表現できないような気がした。
 あすなにとってこの時間は、
――後になっても思い出すかも知れない――
 と感じさせるもので、その根拠はないが、信憑性としてはかなり高いものではないかと思えた。
 あすなが時間の感覚を意識していた時、目の前の男女は何を考えていたのだろう。女性は男性を意識していたが、あすなのことはまったく分かっていないようだ。男性の方は、隣の女性に意識されているということも、あすなの視線もまったく感じていないようで、まわりから隔絶された結界のようなものがその間には存在しているように思えた。
 言葉では難しく書いてしまったが、小学生のあすなに表現できるわけではない。心の中を読み取った代筆者が言葉にしたにすぎないと思っていただきたい。
 あすなの頭には、二人の男女の顔が焼き付いてしまったような気がした。
――おじさん、早く来てくれないかな?
 あすなは、急にそう感じた。
 おじさんが来るまでの時間潰しにまわりの人間観察をしていただけだったが、それがまさかこんな恐怖に近いゾクゾクした思いをするなど思ってもみなかった。
 人間観察というのは、ただボンヤリ見ているだけでいいと小学生なら思うだろう。実際にあすなも最初はそうだった。
 自分が見た瞬間、
――この人は誰も気にしたりはしないだろう――
 と思ったことで、その人を意識した。
 そういう意味ではあすなは天邪鬼である。その意識はあすなにはあった。
「他の人と同じでは嫌だ」
 という意識をかなり小さな頃から感じていたこともあって、あすなは変わり者と言われたとしても、それは嫌ではなかった。
 むしろ、
「平均的な人。これと言って特記することのない人」
 と言われるのが嫌だった。
 要するに、
「あなたは面白くない」
 と言われているのと同じである。
 面白くないという人ほど、面白くないとは思うのだが、どうせなら面白いと思える人から、
「あなたは変わっている」
 などと言われると、冥利に尽きるという気がしてくるのは、やはり自分が変わっているからではないかと思うのだった。
 天邪鬼と言われることにも違和感はなかった。これも所学生の低学年では理解できるものではなかったが、言葉的に何となく嫌ではなかった。後になってその言葉の本当の意味を知ると、
――やっぱりあの時に感じた思いは、間違っていなかったんだわ――
 というものであった。
 駅で待っている他の人の表情を見ると、誰もが同じ表情に思えてきた。そして、そのほとんどが皆同じ顔に見えてきて、そのうちに、その表情が分からなくなり、表情がなくなったのを感じると、のっぺらぼうになったように思えてきたのだ。
 さっきまでざわついていた駅だったのに、そのうちに、その声の一つ一つが認識できるのではないかという意識もあった。もちろん、実際にそんなことができるはずもなく、以前母親から聞いた、
「昔、聖徳太子という人がいて、その人は一度に十人の人の話を聞くことができたって話よ」
 と言われ、その信憑性も考えず、驚いたのを思い出した。
作品名:袋小路の残像 作家名:森本晃次