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袋小路の残像

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 確かに気持ち悪い視線には変わりないが、それまでは何がどのように気持ち悪いのかその正体が分からなかった。しかし、自分が初潮を迎え、大人になりかかっていることを自覚していると、汗臭い匂いや、その顔に刻まれたかのような汚らしいニキビを見て、彼らが何を求めているのかが分かってくるようになった。
「学校で同じ教室の中で、閉め切った環境の中で、同じ空気を吸っている」
 そんな環境を本当に気持ち悪いと思ったのだ。
 この気持ちは自分だけではない。他の女の子も同じように感じているようだった。しかし、
「男の子はそんなことは感じていないわよ。逆に女子と一緒の空間にいられることを興奮しているんだから、本当に気持ち悪い」
 と結構早い段階から発育していた女の子が教えてくれた。
 あすながこれからという時には、もうその子は、すでにその時の成長はピークに達していた。
――これって私の何年後の姿なんだろう?
 と思わずにはいれれないほど、彼女は成長を果たしていたのが分かったのだ。
 あすなが、中学二年生になった頃、一人の男子の存在が気になるようになった。
 中学生というと、小学生の頃からそうだったように、男女でいくつかの団体が形成されていた。
 小学生の頃と違って、明らかにその輪の中心がしっかりしている。それは大人に近づいたことで、大人のオーラを発散できる人が出てきたということなのか、それともまだ小学生の頃は分からなかったが、実際にはその頃にも中心人物になるだけのオーラを発信できる人間がいたということなのかあすなには分からない。だが、やはり成長期に達したあすなは、それまでと違って、明らかにオーラというものの存在を意識することができるようになっていたのだ。
 あすなをじっと見ている男の子は、クラスの中でも目立つことのない男の子だった。
 だからと言って、苛めの対象になっているわけでもなく、本当に目立たない存在だった。
「石ころのような男の子だよね」
 とクラスの女子はウワサしていたが、あすなもその意見には賛成だった。
 道端にあっても誰にも気にされることのない石ころ。子供の頃は何とも思わなかったが、今では少しだけ、かわいそうだと思うようになっていた。
 この感情は完全に同情であって、深入りしてはいけない感情に思えた。だが、それも彼があすなに話しかけてくるまでのことで、いきなり話しかけられた時のあすなは、完全に逃げ腰だったにも関わらず、どこにも引くことのできない自分に戸惑っていた。
 あれは、告白だったと言えるのだろうか。
 彼はあすなを待ち伏せていたわけでもなければ、最初から告白しようという覚悟があったとも思えない。
 誰もいないところでの出会いがしら。あすなも驚いたが、彼はもっと驚いた。明らかに腰を抜かしていたようだったが、腰を抜かす暇もないほどに、彼は自分の中でパニックになったのかも知れない。
 彼の名前は、新藤琢磨。
「どうしたの。新藤君」
 最初はあすなの方から声を掛けた。
 あすなはあくまでも反射的に声を掛けただけで、いつもなら先に声を掛けることなどなかっただろう。ひょっとするとそれが彼に勇気を与えたのかも知れない。
「安藤さん。僕……」
 と言いかけて、言葉を飲み込んだ。
 表情を見る限り、目は充血しているようで、明らかに焦りから逃げ腰になっているかのように見えた。
 だが、彼は土俵に足を掛けながら、決して土俵を割ろうとはしなかった。彼の腰が強いからだというわけでもなく、彼の覚悟がそうさせているというわけでもない。どちらかといえば、反射的な行動が彼をとどまらせているかのように見えた。
「俺は大丈夫なんだ」
 と自分に言い聞かせているのは感じた。
 彼は今までその言い聞かせてきた言葉にことごとく期待にそぐわぬ行動をしてきたに違いない。つまりは逃げてきたということだ。
 それなのに、その日は思いとどまっている。あすなはそれを見ると、彼が自分のことを素直に好きなのだということを感じたのだ。
――本当に好きな相手を目の前にしたら、彼のような行動を取るのかも知れない――
 とあすなは感じた。
 これまで好きだと思った人を目の前にすれば、普通だったら緊張で何も言えなくなるものだと思っていた。それが青春であり、初恋だと思っていたのだ。
 そして初恋は神聖なものであり、そう簡単に成就するものではないという話も信憑性のあるものだと思っていた。
 あすなも異性を意識するようになって、自分がどんな男の子が好きなのか、考えてみたこともあった。だが、いつも曖昧な感覚しかなく、特にクラスメイトを見ている限り、
――あんな連中の中に、好きな人ができるはずなんかない――
 と思うようになっていた。
 何と言っても、汚らしいというイメージが頭の中にこびりついているので、本当に同じ空気を吸うこと自体に嫌悪感を抱くくらいなので、自分がいつになったら本当に男性を好きになれるのかということを感じられるのかと思うようになっていた。
 そういえば、まわりの女の子にも、いかにも男性を意識していると思える人がいるのに、一向に男性に気を引こうという意識を持っていない女の子もいた。彼女はボーイッシュなイメージで、性格も男性っぽいところがある。最初は、
「男性っぽいところがあるから、男性を意識はするが、好きになるような相手が現れないのではないか」
 と思っていたが、最近になって、
「逆なのではないか? 好きになるような相手が現れないから、自分が男性っぽくするように敢えてしているのではないか」
 と感じるようになった。
 男性っぽいのは、男性を寄せ付けないようにするためではなく、自分が男性を必要としない人間であるということを自分で納得したいからではないか。だが、男性の中にはそんな女子が気になるやつもいて、意外とそんなボーイッシュな女性の方が人気が出たりすることがあるのだが、それはそんなに珍しいことではないようだった。
 あそなが自分に自信を持ったのは、彼が自分に告白してくれたからだった。突発的なことで覚悟もなかったのかも知れないが、彼がいきなりではあったが告白してくれたことで、あすなは彼の性格を変えられるかも知れないという、彼の言葉とは違った意味での考えを持つようになった。
 あすなは別に琢磨のことが好きだったわけではない。ただ、今まで男女問わず誰かに好意を持たれたという自覚がないため、有頂天になってしまったのも仕方のなかったことだろう。
「いいわよ。お付き合いしましょう」
 という感じの返事だったような気がする。
 あすなとしては、適当な返事のつもりだったが、相手は自分の告白を全面的に受け入れてくれたと思ったはずだ。それほど琢磨は真剣に告白したつもりだった。
 あすなの気持ちは曖昧だったが、琢磨の気持ちは真剣そのもの。お互いの気持ちのすれ違いは、どんなに好きあっていたとしても、若干はあるはずなので、最初からすれ違った交際だったこともあって、一貫して気持ちはすれ違っていた。
 だが、面白いことに、あすなは付き合っていくうちに、琢磨のことが分かってくるにつれ、
「もっといろいろ知りたい」
 と思うようになっていった。
作品名:袋小路の残像 作家名:森本晃次