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郷田三郎(G3)
郷田三郎(G3)
novelistID. 29622
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棚から本マグロ

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 しかし、それでも私の空腹は一向に収まらなかった。
 私は骨の間の切り取り損ねた肉を切り取っていった。素人が解体したマグロにはそうした身が大量に残っていたのである。
 あらかた切り取ると、今度はスプーンを持って来てコリコリと身を剥がしていった。剥がし取った身はそのまま口へ運ぶ。粉々になった肉を私は殆ど噛まずに飲み込んだ。
 
 スプーンをコリコリと動かしているときにそれは起こった。
 尾に近い部分に取り掛かっているとき、ピクリと上半身が震えるのを感じた。一度目は気のせいかと思ったが、二度三度と繰り返すとその度に震えるのが確信できた。それはマリコがくすぐったいのを我慢する仕草に似ていた。
 私は何も言わずに作業を続けた。声を出したら僅かな気配さえ消えてしまうかもしれないと思ったのだ。
 私は削り取るべき身が無くなった骨としばらく戯れた。
 
 小一時間もそうした後、私は骨だけになったマグロをビニールと毛布でくるみ、自動車の後部座席に乗せた。動かないようにシートベルトもかけた。
 できるだけきれいな海が良いと思った。カー・オーディオでは妻の好きだった音楽をかけた。もっとも自動車に乗せてある音楽ソースは全てマリコが持ち込んだものだったのではあるが。
 東京湾を横断するトンネルと橋を持つ道路に川崎側から入った。
 海底の下の長い道を走っていると、トンネルが潰れてこのまま二人で埋まってしまっても良いという気分になった。
 有料道路を降りて右に折れた。このまま房総半島の先端まで行こうと考えたのだ。
 そうして小さな漁港のある町に着いた。
 外洋に面した町には太陽の光が穏やかに降り注いでいた。風もあまり吹いておらず、冬とは思えない暖かさがあった。
 私は自動車を走らせて砂浜を探した。しばらく走ると、さして大きくない砂浜が見えた。
 自動車をぎりぎりまで海の近くに止めた。シートベルトを外してビニールを巻いたままマリコを取り出す。頭と骨だけになったマリコは奇妙に軽かった。
「マリコ、海だよ。好みは訊かなかったけどここで良いだろ?」
 頭の方に口を寄せて話しかけた。返答は期待していなかったがやはりマリコは沈黙を守っていた。
 私はマリコを抱えたまま、海に入って行った。海水の冷たさは感じなかったが、それが本当に冷たくないのか、私の何かが欠落していたからなのかはわからない。

作品名:棚から本マグロ 作家名:郷田三郎(G3)