205号室にいる 探偵奇談23
伊吹と別れたその足で、瑞は一人、鎌田らが侵入したというアパートの前に来ていた。すっかり日は落ちて、周囲にも空き地にもひとけはない。
「知らなくていいんだ。伊吹先輩は」
規制線を抜け、古くさび付いた階段を上る。205号室の前に立つ。花瓶に活けられた花と、種類も色もバラバラな靴が三足、無造作に落ちている。中にいて、今も何かを待ち続けているであろう「彼女」に向けて、瑞は静かに語り掛ける。
「俺は霊媒師じゃないから、あなたを成仏だの浄化だのする気はないんだ」
静まり返った室内からは、何の音も聞こえない。
「あなたを咎めたいわけでもない。あなたが連れて行った人達のこともどうでもいいし」
ただ、と瑞は目を閉じた。
「誰ももう、あなたの死を弄んだりしないようにしたいだけ。ごめんね。たぶん、当分は静かになると思う」
鎌田らの一件があるから、ここに悪ふざけで近づくやつはもういないだろう。
供えられている花も、ペットボトルも、菓子も、まだ新しい。彼女の死を悼んでいるひとがいるのだ。鎌田らは、そういったひとたちの思いも踏みにじったことになる。瑞は屈みこみ、そこで静かに手を合わせて瞑目した。
助けを求めるような微かな声が聞こえた気がしたが、きっと風だろう。
瑞は立ち上がり、アパートを後にする。
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作品名:205号室にいる 探偵奇談23 作家名:ひなた眞白