小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集73(過去作品)

INDEX|2ページ/21ページ|

次のページ前のページ
 

 同席して話しかけたくなる衝動に駆られていたが、何とか抑えた。いつもであれば自分の衝動に逆らうことはしないのに、今日はなぜなんだろう。近寄りがたい雰囲気でも感じたのか、それとも近いうちに話ができるという根拠のない確信があったからだろうか、自分でも分からない。
 しかし、その二つは同時に感じたことで、どちらも間違いでなかったことは後になって分かったことだが、その時はそれ以上強い気持ちを持つことはなかった。
 車窓を眺めているうち、次第に記憶がよみがえってくる。景色が鮮明に思い出され、以前訪れた三年前と何ら変わらぬ光景である。
 途中、少し長めのトンネルがあり、そこを抜けると海とはサヨナラ、目の前に田園風景が広がり、夏みかん畑が目に浮かんできそうだった。
 トンネルに入る頃には私の目は元に戻っているのを感じた。そういえば三年前に訪れた時も同じような思いをしたことを思い出していた。あの時も眩しい西日のため、トンネル内で一瞬何も見えなくなったが、目を元に戻すにはちょうどいい距離のトンネルなのかも知れない。
 次第にトンネル壁のコンクリート部分がはっきりしてくるかのように光が戻ってきた。まだ完全に沈みきっていない西日がトンネル内に差し込んでくるのだ。
 汽笛を鳴らしてトンネルを出たが、前に来た時は驚いたが、光が見えてきた瞬間三年前の汽笛を思い出し、驚くことはなかった。
――だいぶ思い出してきたな――
 まるで自分自身が三年前にタイムスリップしたかのような錯覚があった。取材意識に燃えながら、眼下に広がる田園風景にしばしの安らぎを感じるのは三年前も今も同じことである。
 窓に肘をつき手の平に顎を乗せ、ぼんやりと車窓を見ている自分を想像することができる。
 さぞかし平和な面持ちをしているに違いないだろう。
 目的の駅が近づいてきた。
 目の前に大きく立ちはだかっていた山が少し遠ざかり、民家が次第に増えてきた。寂れた宣伝看板は昔来た時と変わっておらず、いかにも田舎の田園風景が広がっている。
 西日はすでに山の陰に隠れ、夜の帳が迫ってきていた。それでも蠢くように光る海面からは、まだ西日の名残りを感じることができるのだ。
「さすがに今日は暑かったね」
「そうじゃのう、だけど、駅に着いた頃はもう涼しいんじゃないか?」
 車両の先頭の方にいる行商の人たちの会話が聞こえた。あの人たちもここで降りるに違いない。確かここは温泉以外にも山の幸、海の幸が豊富だったことを思い出した。別に温泉がなくとも自給自足で十分生活していける人たちばかりなのかも知れない。
 この街には大きな会社の社長の家があった。山の中腹に立っていて、そこは社長の名前にちなんで「川端御殿」と呼ばれていた。家に続く坂道も「御殿坂」と呼ばれ、少なからず住民に何らかの影響を与えているに違いないのだ。
 山の中腹を安い値で買い、こちらに御殿を立てて十数年、街の人にどのような影響を与えているか私のようなよそ者に話すような人は誰もいなかった。特に取材でやってきた記者ともなればなおさらで、余計なことは一言も話さなかった。
 しかし、そんな中で一人だけ私に何かを話したくてウズウズしていた。明らかに私を見つめていて、私が話しかけるのを待っているわりに、話しかけようとするとスルリと私から離れた位置に身を置き、さらにそこから私に厚い眼差しを送っていた。
「彼はいったいどういう人なんですか?」
 一度街の人に尋ねたことがあった。
「いやぁ、変わり者ですよ。相手にしないようがいいですよ」
 という返事が返ってきた。
 そっちが変わり者か、この街にしばらくいれば分からなくなるほどで、後で考えれば街の人全員が大なり小なり変わり者だったのだ。
――今度は話をしてみたいな――
 今回の旅の目的の一つにそれがあった。特に今回は取材したくなければしなくてもいいフリーな立場なので、かしこまることもない。話しかけたくなければ話さなければいいのだ。
 そう思って見ていると目の前の行商の人たちを他人事のように見ることができる。この街の特徴なのだろうか、誰かの話が終わっても頷くだけで誰も相槌を打とうとはしないのだ。
 列車が駅のホームに滑り込むように入ってきた。行商の人たちを先にやり過ごし、私は最後にゆっくりとホームへ降り立った。
 いや、私が最後かと思いきや、さきほどの女性が私のあとから降りてくるのを感じた。まるで私が降りるのを待っていたかのようにゆっくりとである。
 私の泊まる宿は予約しておいたので、送迎の車が待っているはずだった。列車の到着時刻も合わせて知らせていたからであるが、ホームを出るとそこはどこの駅にも見られるようなロータリーとなっていて、一応タクシー乗り場などもあるこじんまりとした造りになっている。
「お世話になります」
 八人乗り程度のワゴン車が迎えにきていて、車の横に宿の名前が書いてあるので、すぐに見つけることができた。
 私の言葉に答えることのない運転手は無言のまま車を走らせた。
「ここから遠いんですか?」
「それほど遠いわけではないが、歩くとかなりの時間が掛かるからね。私のような仕事も必要なわけさ」
 太く小さな声が車内に響いた。声の質で判断してはいけないのだろうが、他人と話すことがあまり好きなタイプではないようだ。だが若干の話にくさがあるだけで、なぜか嫌いなタイプの人ではなかった。
 駅前のロータリーから先は商店街になっているようだが、もうほとんどの店は閉まっていた。時計を見れば午後七時半を過ぎている。当然といえば当然だった。
 街灯もついているが、商店街といえる少しの間だけ着いているだけで、そこから先は真っ暗である。これも三年前とまったく同じで、目を瞑れば三年前の記憶がよみがえってきて、取材意欲に燃えていた当時の自分を思い出したようだ。
「今回もまた取材ですかい?」
「えっ、今回はそんなんじゃないよ」
 運転手はどうやら私のことを覚えているらしい。私の方はすっかり記憶にないのだが、それだけあの頃の雑誌記者としての私の印象が深かったとは思いもしなかった。
「よく覚えていたね」
「ええ、見た瞬間に思い出しましたよ。話も少しだけしましたよ」
「ああ、そうですか、すみません、そうだったんですね」
「街は相変わらずですね」
「ええ、別に変わったこともありませんしね。のどかな街です」
 今でこそ暗くてよく分からないが、昼間見るとさぞかし平和な風景なのだろう。瞼を閉じると、三年前の記憶がよみがえってくる。
 そういえば、あの頃も暑い時期だった。しかし風が爽やかに吹いていて、遠くから聞こえてくるセミの声にも負けないくらいの爽やかさを与えてくれた。
 盆明けすぐくらいだったろうか、揺れる稲穂を見ているとすでに秋が忍び寄っていて、都会で見ることのできないほどの大きなトンボには驚かされた。
作品名:短編集73(過去作品) 作家名:森本晃次