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短編集73(過去作品)

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 と思うわけでもないのだが、気がつけばそんな行動に出てしまっている。そんな時は得てして露骨に写るものらしく、相手に嫌われるパターンを作ってしまう。
 そんなことが今までに何度あったことだろう?
 我ながら成長という言葉を知らないのかも知れない。
 今日の私はそんな思いが一番強い。まるでいつも感じていることのような気がしてくるから不思議だった。
――いや、きっといつも頭の中で考えているのかも知れない――
 と考えている。
 付き合っていた女性の態度が時々豹変することがあった。別に自分としては何かをしたわけでもないのに、それまでニコニコ会話をしていたのが、急にその場が壊れてしまうのだ。
「どうしたんだい?」
 その場の空気に不安を感じて話しかけても、彼女は黙って苦笑しているだけである。
「ごめんね」
 とりあえず私には謝るしかなかった。ハッキリとした原因は分からないが、とにかくその場の雰囲気を崩してしまったのは自分自身に違いないという意識がある。もちろん、謝っただけで会話が続くとは思えないが、とにかく謝るしかないのだ。
 その夜、私は朝方まで直哉と語り合っていた。いろいろなテーマが出て、いろいろ話をしたような気がするが、結局話した内容は限られていたような気がする。
 ある程度まで話が進むと、そこから先は折り返し点、知らず知らずにまた同じ話に戻ってくるのだ。
 内容がないわけではない。話したいことは山ほどあるに違いないが、どうしても核心部分に話が集中してしまい、話が広がらないのだ。
「まだまだ話したいことがありそうなんだがな」
 そう言って直哉は苦笑する。私も同じように苦笑し返すのだが、そのまま話が一段落すると、さすがに襲ってくる睡魔には勝てないか、眠ってしまっていたようだ。
――気がついたら死んでいた――
 と感じたくらい、それだけ目覚めは不思議なものだった。
 目を開けると、目の前に迫ってくる天井が見えている。電気をつけたまま眠っていたのか、天井の節目が浮き彫りになって見える。薄っすらと影ができていて、年輪のような木目を浮かび上がらせている。今までに見たことのある天井と何ら変わりはなかった。
 しかし天井がやたらと近く感じるのはなぜなんだろう? 目が覚めてくるにしたがって天井から目が離せなくなっている。ゆっくりと意識を他に持っていこうと考えて目を逸らしたり瞑ったりするのだが、また視線は天井を眺めている。目から離れてくれないのだ。
 金縛りにあったような感じでもなく、どちらかというと身体は宙に浮いているような感覚がある。
――このまま目を瞑れば、永久に目が覚めないかも知れない――
 とまで思える。
 しかし実際に目を瞑ると、今度は眠れない。瞼の裏には赤い無限な世界が広がっているようで、そこに写っているのはクモの巣を張り巡らせたような無数の線だった。そこに何ら規則性はなく、まるで、生物の時間に教科書で見た毛細血管のように、縦横無尽に走っている。
――何とも気持ち悪いものなのだろう――
 目を閉じて感じたことだ。
 しかし一旦目を閉じてしまうと、今度はなかなか目を開けることができない。自分の意志で閉じたはずの瞼が、すでに自分の意志ではどうにもならなくなっている。
 気がつけば、汗を背中にじっとりと掻いている。
 しかし自分の中で鬱状態が終わったような気がしていた。
 目が覚めて今日何かのグチを聞いてもらおうとしたにもかかわらず、その内容すら覚えていないのだ。目覚めは決していいものではなかったが、何となく、気持ち的に吹っ切れたような気がしてきた。
 目をゆっくりとまわりに向けてみる。少しでも動かそうとするが、なぜか力が入らない身体と違って、目だけは動かせる。だが、ゆっくりでないと頭の芯が痛くなりそうで気をつけていた。まだ相変わらず目の前のクモの巣は取れていなかった。
 今まで何となく黄色掛かった世界を見てきた気がしていたためか、色彩がハッキリ見えるようになっていた。黄砂状態を呈していたものが晴れてきたということは、鬱状態から抜けてくる前兆である。ハッキリとした色彩になってくるため、一気に明るくなった光景は目に悪い。そのためにクモの巣状態が続いているのだろうということは、この段階で我ながら判断できたのだ。
――さっきまでの自分は一体何を考えていたのだろう――
 いつもであれば、鬱状態に陥る時が分かるように、鬱状態から抜けることが分かるものだ。そして鬱状態からいきなり躁状態に入るということも珍しくはなかった。得てしてそんな時は悩みが何だったかなど、あまり忘れていないかも知れない。
 しかし今回は違うのだ。前兆などなかったし、悩み事をほとんどと言っていいほど忘れてしまっている。
――本当に鬱状態を脱したのだろうか?
 とまで思えてしまう。
 そのうち直哉が目を覚ました。
 あまり目覚めのいい方ではない直哉は必死で身体を伸ばしたり、欠伸をしたりして目を覚まそうとしている。だが、身体はすぐに動かせるようで、すぐに身体を起こして洗面所に向かい顔を洗っていた。その間、直哉が私のことを見ることは、なぜかなかった。
 顔をタオルで拭いながらスッキリした表情で直哉が出てきた。
 だが、目はそれほどしっかり開いていないようで、どことなく虚ろに感じるのは、私自身がおかしいからかも知れない。
 だが、そんな状態も長く続いたわけではなかった。直哉の顔を見ていると自分の意識もハッキリしてくるのが分かって来たからだ。目の前にさっきまで掛かっていたクモの巣のような亀裂も気がつけばなくなっていた。
「ありがとう、今日は助かったよ」
 そう言って、私は直哉の部屋を出た。
 目が覚めてからのことであるが、何か大事なことを忘れていたような気がしていたからだ。
 それは自分の部屋に何かを忘れているような感じのもので、
――急いで帰らなければ――
 と思ったからである。
 すぐに感じたものでもあるが、目が覚める時から、次第に思い出してきたような気もする。
 そんなことは今までにも時々あったような気がする。だが、家に帰ると別に何もなく、
――何でこんなに急いで帰ってきたのだろう――
 と、いつも思うのだが、なぜか急がないではいられない。しかし、急いでいるようでも足が思ったより進んでおらず、まるで水の中を歩いているかのごとく、体力だけがすごい勢いで消耗しているような錯覚に陥るのだ。
――一体この胸騒ぎは何なのだろう――
 心の中でその思いが強くなってくる。強くなればなるほど足に絡みついた抵抗感は激しくなり、進んでいるようで進まない。今日もいつもと変わらず、最初から想像した通り、足が重たかった。
――今日はいつもにも増してきついな――
 呼吸が荒くなり、胸の動悸が激しくなる。
――どうせ早く歩いたって進まないのだから、別に気合など入れる必要なんてないんだ――
 と感じても、それでは自分の気がすまないのだ。視線はまっすぐ前を捉え、決して足元を見ないようにしている。一直線の道を、なかなか近づかない丘の上を目指しながら歩いていくのも辛いものだ。
――棒のようになっているのかも?
 足元を見ないのは、そんな風に感じるからかも知れない。
――まさか――
作品名:短編集73(過去作品) 作家名:森本晃次