「催眠」と「夢遊病」
中途半端に意識があるというのも困ったものなのかも知れない。彼はそれをいいことだと思っているのだとすれば、催眠に掛かっている人の本当の気持ちを分かっていないのではないかと思えた。
中途半端な状態というのは、手術をするのに、局部麻酔を施して、意識があるうちに手術が行われているようなものだ。つかさには手術経験がなかったので、想像しただけで気持ち悪くなってしまう。今はそんな心境に陥っているのかも知れない。
催眠に掛かっているという意識は確かにある。だが、中途半端な意識の中で彼が話しかけてくる内容は、そのすべてを受け入れてしまいそうになる感覚はどこから来るのだろう?
話の内容が、すべてを受け入れてしかるべき内容なのか、それとも催眠によってそんな心境にさせられるのか、すぐには分からなかった。だが、話をしているうちに、前者であることは明らかな気がしてきた。
新垣の催眠はどれくらいの時間が掛かったのだろう。話はいくつかあり、その内容はつかさの過去を掘り起こすものから、いつの間にか新垣の過去に移行されていくような気がした。
そして、つかさはそのうちに感じた。
――この人の記憶、私の記憶とシンクロしているわ――
新垣の話に移行した中でも、つかさは自分の過去と切り離された気がしなかった。
――ひょっとすると、遠い過去にこの人と会ったことがあったのかも知れない――
と思うようになった。
その過去がいつのことなのか、想像もつかない。だが、二人の過去が酷似した内容であることはこの催眠で覚醒された部分で感じることができた気がした。
「どうだい? 僕の催眠はそんなに苦ではなかっただろう?」
と新垣が語り掛けてきた。
いつの間にか催眠が覚めていたようだったが、催眠から覚めたという感覚がつかさにはなかった。
夢であれば、その内容を覚えていないまでも、夢から覚めたという感覚はあるはずだ。もっとも夢を見たという感覚がなければ、その多いも存在しないが、今回は明らかに催眠の内容も覚えている。それなのに、まだ意識が朦朧とした感覚になっていて、本当に催眠から覚めたのか、自覚することはできなかった。
「もう覚めたんですね?」
「ああ、もう今の君は現実世界に戻ってきたんだよ。今日は僕の催眠に付き合ってくれて嬉しかったよ。ありがとう」
彼はホッとした表情を浮かべていたが、その奥には、元々彼が持っていた自信めいたものが覗いていたような気がした。
「いいえこちらこそ、貴重な経験ができたような気がします」
「それはよかった。どうだい? 何か気になったことがあったかい?」
「ええ、あなたの催眠って、本当に意識しなくてもいいんですね。催眠に掛かっているという意識があってもなくても、同じような感覚だったんじゃないかって思ったわ」
「君は意識していたのかい?」
「ええ、意識はしていたけど、でもあなたの催眠というよりも私の意識の中で、あなたの催眠が存在したという感覚かしら? だから催眠に支配されたという意識はまったくなかったわ」
というと、
「そうだろうね。僕も見ていてそう思ったよ。だから君を選んだと言ってもいい。催眠を受けていたという意識が薄ければ薄いほど、催眠術を掛ける方とすれば、冥利に尽きるというものだからね」
「そうなんですか?」
「ああ、しいていえば、『夢を見ていたという夢を見ている』という感覚になるのかな? 少し難しい発想ではあるんだけどね」
「それはどういうことですか? 私には理解できない気がするんですが」
「理解できなくてもいいんだ。これはあくまでも僕の見解だからね。つまりは催眠を掛ける方の見解であって、掛かっている方が感じることではない。そのことは君にもすぐに分かることではないかと思うんだ」
と、彼は言った。
普段は開いていないはずの夜の遊園地、観覧車やメリーゴーランドなど、照明がついて動いている。つかさは以前にも夜の遊園地に来た記憶があったが、それがいつのことだったのか覚えていない。
遊園地は人っ子一人いないと思っていたが、メリーゴーランドに二人だけ乗っていた。よく見るとそれはまだ小学生くらいの男の子と女の子で、その様子を見ていると、どこか微笑ましく感じられた。
「つかさちゃん、こっちだよ」
という少年の声が聞こえ、思わずそっちを振り返ると、少年が少女に声を掛けていたようで、少女はニッコリと微笑み返す。
――つかさちゃんって――
自分が呼ばれたように思ったつかさは、記憶が急に回り出したのを感じた。
目の前にいる二人は、子供の頃の自分と、そして新垣だった。
「新垣さんとは知り合いだったんだ」
新垣が自分を選んだわけが分かったような気がした。
そして、今見ているのは、新垣の催眠の中での夢に違いない。つかさはそう思うと、自分が夢に委ねられていることを感じ、しばらくそのまま夢を味わっていようと思った。
その時夢を見ているつかさはどうしていたかというと、新垣が見つめる中、腕を前に差し出すようにして前に進んでいた。
そう、それは夢遊病であった。この最近の副作用は「夢遊病」。
新垣が催眠によって、そしてつかさが潜在意識によって作り上げた「夢遊病」の世界だったのだ……。
( 完 )
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作品名:「催眠」と「夢遊病」 作家名:森本晃次