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桐生甘太郎
桐生甘太郎
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川の流れの果て(7)(終)

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正月を過ぎても、料理屋で騒いで羽目をはずそうという客は多いのか、その日の「柳屋」はいつにも増して大盛況だった。
侍の三人連れが奥の座敷に居て、その隣の座敷には良い身なりをしてでっぷり肥えた、町人らしき男の二人連れがどっかと座り、それから甚五郎爺さんが座敷から離れた床几に掛けていて、爺さんはお花に燗酒をもう一度ねだっているところだった。その他は町の若い者、老いた者と、大急ぎで出してきたのであろう酒樽にまで腰掛けて店内にひしめき合い、お花は歩くのに困っているほどだった。

「明けましておめでとうございます、お花さん」
「まあみなさん、明けましておめでとうございます。どうもご来店ありがとうございます」
お花はお客に運ぶために温めた酒の入ったちろりを抱えて嬉しそうににこにこっと笑い、留五郎達に頭を下げた。

「いやいや。やっぱりここに来ねえと落ち着かねえもんですから」
「ありがとうございます。本年もよろしくお願い致します」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
お花と留五郎達がそうして話していて、留五郎達が床几に腰掛けた時、「ごめんください!」と、「柳屋」へ誰かが飛び込んできた。

それは前掛けをした、奉公人らしい、まだ十二にもならない丁稚のような子供だった。
その子供は切羽詰まった顔をして、「ご主人は、ご主人は居りませんでしょうか!」と店中に聴こえる声で叫んだ。

吉兵衛は何事かとまな板の前を離れ、「どうしました、お客さん」と、丁稚らしき者に声を掛けた。

「こちらは柳屋さんでお間違えないでしょうか」
丁稚が震える声でそう聞くので、「はい、手前が「柳屋」です」と吉兵衛が答えると、丁稚は急にはらはらと涙を零し、その場で泣き崩れんばかりに両手で涙を拭い始めた。

吉兵衛は「ただごとではない」と思い、丁稚の肩に手を添えてやって、「まあまあ貴方、とにかくそこにお座りになって、気を鎮めて下さい」と、留五郎達が掛けている床几の隣へと座らせてやろうとしたが、丁稚は首を振って、「そんな場合じゃないんでございます!そんな場合じゃないんでございます!」と、二度繰り返し、顔を上げて、懐から一通の手紙らしき物を取り出した。

「一体どうしたんでございますか。文をお届けに上がって下さったのですか?」
吉兵衛がなだめるようにそう聞くと、丁稚は涙を垂らしながら、一生懸命に頷いた。そして泣いてぐしゃぐしゃの顔を吉兵衛に向ける。
「貴方様が、吉兵衛親方様でございますか」
「はい、手前が吉兵衛でございます」
吉兵衛は、本当にただごとでない様子に、真剣になってその十二ほどの子供の顔を見つめる。丁稚はなかなか喋ろうとはしなかったが、かなり混乱している様子で、喋る糸口を必死に探すように、宙で目をきょろきょろとさせた。そして、やっと見つかったのか、大きく息を吸う。


「あたくしは日本橋呉服町の、呉服問屋「三井屋」の丁稚で、新助と申す者でございます!この文を、このお店にお届けに上がりました!どうぞすぐにお読みになって下さい!これはうちの店の、又吉さんの、遺書でございます!」
丁稚は打ちのめされたように体を折り曲げ屈み込んで、地面へ向かって叫んだ。



吉兵衛とお花、それから留五郎、与助、三郎の顔が凍り付いた。しばらくは誰も口を利かなかった。店に居た他の客も、丁稚の叫びに、皆が黙り込んでしまった。



その時の丁稚の絶叫と、涙を堪えようとせずに体中をぶるぶる震わせながら前屈みに泣く様子は、どうか嘘であってくれと願う事すら許さなかった。



お花は手に持っていたちろりをするりと床に滑り落とし、それが大きな音を立てて割れたのにも気付かないようにそのまま立ち尽くして、ぼうっと動けなくなってしまった。三郎が床几から立ち上がって、お花の肩を支え、何も分からなくなってしまったお花をとにかく座らせる。


「とにかく、日本橋からお歩きになってきたのでしたらお疲れでしょうから、どうぞ休んで下さい」と、吉兵衛は半ば無理に、丁稚の新助といった者を、床几に座らせた。新助は泣き続けていた。


又吉の遺書は、吉兵衛宛であった。
「それでは、読ませて頂きます」
吉兵衛は文の包みを静かに開けて紙を広げて、何かに駆られたように目を走らせていたが、だんだんとその目からは血走った様子は消え失せ、最後にはその文から目を背けて、目に潤む涙を片手で拭った。

「…親方、何が書いてあるんでい…又吉は、どうして…」
与助が震えて力なく、小さな声で親方にそう聞く。吉兵衛は首を振って、しばらく答えられもしないようだった。

留五郎と三郎も中身を知りたくて堪らなかったが、店はしばらく沈黙し続け、吉兵衛親方は近くにあった酒樽に、倒れ込むようにどかっと座って、俯いてしまった。

すると、店の中の陰鬱な空気に堪えられなくなったのか、又吉を知らないお客は「親方…勘定、置いていきますんで…」と、次々と帰り出した。吉兵衛は顔を上げる事も出来ずに、曖昧に頷いただけで、その客達を見送った。