短編集72(過去作品)
手に持っているワイングラスが指から滑り落ちる。もはや震えは全身に達しているのかなだれを打ったように崩れ落ち、立っていられないようだ。
彼女の顔は笑っている。苦痛を堪えながらの笑みがこれほどすさまじいものだとは今まで知らなかった。いや、この瞬間が終わってしまえば思い出そうとしても思い出せるものではない。まさしく今が現実であることの証拠のように思えた。
「君と僕とは、やはりこの世で同じ時間を持つことができないようだね」
自分でもよく分からないような言葉が自然と口から出てきた。しかし彼女にはどうやら理解できるのか、苦痛の表情を浮かべる中、何度も頷いている。
私は今彼女がいとおしくてたまらない。
目の前で苦しんでいる彼女に対し、いとおしさの笑みが浮かんでいるに違いないが、次第に意識が薄れているのも事実だ。指先は痺れ、意識が朦朧としてくる。
ここから先は早いだろう……
今度目が覚めた時、私はどこにいるのだろう?
それだけを考えながら気が遠くなっていくであろう自分を遠くから見つめていた。
その後、誰もいなくなった私の部屋の押入れから、一人の女性の遺体が見つかるであろう。その女性は由香でも妹でもない、私自身なのかも知れない……。
( 完 )
作品名:短編集72(過去作品) 作家名:森本晃次