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短編集72(過去作品)

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 口の悪い連中から、影で言われていたことは知っている。自分ならああいうタイプは好きにならないとでも言いたげな連中なのだが、私からすれば、そういう連中は私をよく分かっていない。
「お前の好きな女性のタイプはすぐ分かるよ。意外と単純だからな」
 私のことをよく知る友達はそう言って苦笑いをする。自分としては、どちらかというと陰口を叩いている連中の意見に近いのだろうと思っていた。確かに好きになる人はタイプとして全然違う人が多く、“下手な鉄砲数うちゃ当たる”タイプの男には違いないが、友人の話を聞いているうちに、自分でも気がつかない共通性があるという認識を持った。
「あなたは優しすぎるのよ」
 その共通性の成せる業であろうか。付き合い始めてから一定期間付き合うと、ある日急にそう言って女性が私から去っていく。時期も付き合う段階も、そしてセリフまで判で押したような結末である。
 別離の言葉としては、綺麗な方かも知れない。しかし別離であることに変りはなく、男として辛いのは同じである。しかもそう言われてしまうと、反論が惨めに感じてしまい、反論の余地がなくなってしまう。こんな都合のよい言葉もないというもので、忌々しさがストレスとなって、さらに鬱状態が長くなってしまう。
 何度同じ事を繰り返してきたのだろう。私は元来未練がましい男ではなかったのだろうか。いつの間に紳士になってしまったのか、紳士を演ずることがどれだけ自分のためになるというのか、自問自答を絶えず繰り返している。
 しかしそんな中、泰恵だけは違っていた。
 紳士であることの苦痛を感じさせない女性、それが泰恵だった。
 付き合っている時はお世辞にも紳士とは言えない私を彼女は絶えず立ててくれた。何も言わないが、考えていることはすべてお見通しらしく、最初はそれが鼻につくこともあった。だが、私が紳士である時もそうでない時も、彼女は私に合わせてくれる。いや、私が楽しいことは彼女も楽しいに違いないという確信を持てるほどになっていった。
 いつも一歩下がって私の後をついてきてくれる。最初はそれほどでもなかった私の気持ちが次第に泰恵に向かっていったのは、それを自然に受け入れられるようになったからである。
 泰恵の前に付き合った女性、彼女は泰恵とはまったく違っていた。確かに女性としての魅力の面から考えると前の彼女の方が魅力的だった。いや男を惑わす何かを持っているのか、喋る声から日頃の仕草、あの時の声までが一度聞いたら忘れられない妖艶があった。まだ若かった私が彼女の魅力に溺れていったのかも知れない。
 だが、付き合った女性の中で一番忘れられないのも事実だ。普通に付き合ってそばにいるのが当然だと思っている時はよかったが、彼女に他の男の影を見た時、私はさらに燃え上がった。
 もちろん、最後は私のところに戻ってきてはくれたのだが、
――離したくない――
 この想いが彼女にどれほど通じたかわからない。しかしそれは二の次だった。それによって自分の気持ちを確かめられたのは事実だし、“人を愛する”ということがどういうことか分からせてくれたのも彼女だった。
 だが、そんな私の気持ちとは裏腹に、退いていったのも事実だ。
 何に退いていったのだろう? 私のそんな気持ちにだろうか? それとも私自身にだろうか?
 逃げれば逃げるほど追いかけてしまう。なるべく彼女の前では紳士でいようと心掛けていたのは、今は昔だった。理性などどこかへ吹っ飛んでしまい。もしこのまま別れてしまったら、などという思いなど心の中にはなかった。
 一度歪んでしまった感情を元に戻すことは、結局できなかった。彼女からすれば私が鬱陶しい存在になってしまったのだろう。結局、最後別れの言葉も曖昧に、中途半端な別れ方となってしまった。
 それが私にトラウマとなって残ってしまったのは仕方のないことかも知れない。
 そんな時私の前に現れたのが泰恵だった。まだ落ち込んでいた時に出会った彼女に私はどんな男に写ったのだろう?
 女性が信じられず、自分が信じられなくなっていた私の前に現れた女性が、私に対してどんな感情を抱くかなど、落ち込んでいる私に考える余地を与えてくれない。ただ、卑屈でイジイジした男として写っているだろうという思いがあるだけだった。
 しかし、そんな私でも“女性にやさしく”という気持ちは潜在的に持っているものらしい。付き合い始めてから彼女がその頃の私のことを話してくれた。
「私が支えてあげなければと思ったのは事実よ。でもあなたは優しかった」
「何に?」
「優一さん、あなたは気がついてないでしょうけど、一生懸命に気を遣ってくれていたのが痛いほど分かったわ」
 泰恵の言葉は優しかった。以前付き合っていた女性とそんな会話をしたことはない。本能のままの付き合いで、甘い言葉があったとしてもそれはお互いを求め合う伏線のようなものであった。
 泰恵の言葉に重みを感じないのはなぜだろう。優しい言葉には優しく返そうという“紳士的”な思いがあるからなのだろうか。お互いを貪っていたあの頃と違い、お互いを尊重し合う今の付き合いこそ“大人の恋愛”なのかも知れない。
 しかし、味気なさが付きまとう。心底燃えない自分に憤りを感じているのも事実で、それを感じさせてくれない泰恵に物足りなさもあった。
――いや、これでいいのだ――
 そう自分に言い聞かせ、今は泰恵だけを見つめている。
――もう燃えるような恋をすることもないだろう――
 それが今の私の心境である。
 そのうちにそれが自然となり、自分の中から“紳士的”な意識は消えていった。学生時代に考えていた“紳士的”な付き合いとは明らかに違うのだ。
――何がどうして?――
 いきなりの泰恵が告げた“別れの言葉”、まさに晴天の霹靂である。
 少しずつではあったが、好きになっていった泰恵を失うことなど考えたこともなかった。いつもそばにいてくれて、痒いところに手が届くそんな存在が、私にとってなくてなら
 いかけがえのない人だということに気がつかなかった。失いかけて初めて分かるなど、何と皮肉なことだろう。
――それが恋というものなのか――
 私は今さらながら思い知らされたのだ。
 会えば必ずお互いの身体を求め合っていた。当たり前のように身体を重ね、当たり前のように愛し合う。そんな仲だったにもかかわらず、今頃気付くなんて……。別れようと言った泰恵の言葉が耳の中で繰り返し聞こえてくる。
 今私の胸の中に泰恵がいる。それはいつもと変らぬ泰恵がいて、そこにさっき別れを告げた泰恵はいなかった。
――さっきの泰恵は本当に存在したのだろうか?――
 仰向けになって見つめる天井に問いかけてみる。隣で私にしがみついている泰恵こそ本物だと信じたい。
 別れの言葉というのは、最初に聞いた時はまるで他人事のように感じるのだが、次第に時間が経つにつれ、段々自分にその重みが圧し掛かってくるのである。
 身体には心地よい倦怠感が残っている。ほんのりと掻いた汗が少し気持ち悪いが、火照った身体に纏わりついている、焼けるような肌のきめ細かさはまんざらでもなかった。
作品名:短編集72(過去作品) 作家名:森本晃次