川の流れの果て(4)
「よお、紅葉でも見によ、俺達で正燈寺に行かねえか」
三郎がそう言うと、藍の原料の「すくも」の中から良いのを選っていた与助は、露骨に嫌そうな顔をした。
三郎は、与助が正燈寺のすぐ近くにある廓の方に行きたいのは分かっていたので、「まあ女郎屋もいいけどよ」と先に言ってしまって、留五郎へも「紅葉狩りに行こう」と声を掛けた。
三人は親方に言って仕事の休みに紅葉を見ることにした。弥一郎のおかみさんは出立する三人におにぎりを渡してくれて、「梅干しは入れてあるけどね、早くお食べよ」と言い添え、「気ぃつけるんだよ」と言ってにこっと笑った。
正燈寺は、江戸っ子皆が品川の海晏寺と並び称して「紅葉の名所」だとこぞって出かける場所で、寺に「繁盛」はおかしいが、紅葉の時期には訪れる者は多い。
浅草近辺ではあるが浅草寺からは離れており、その正燈寺のすぐ近くに、「北国」、いわゆる新吉原があって、「江戸の北の方にある寺」ということになる。
新大橋を渡ってからずうっと川伝いに上流の方へ足を進めていって、松平様の中屋敷に突き当たる前に瓦町の方へ折れて、さらにそこから右へ曲がって、素直にまずは浅草寺の前まで歩いて、裏へ回る。
それから吉原田んぼにぽーんと出てしまうと、途端に辺りは稲穂の海になった。田んぼを突っ切って、正燈寺も含めていくつか寺がある方への道を進んでいると、与助と留五郎がふいっと三郎を見てから、こう言う。
「ああ、吉原が見えらぁ」
「そうだな、ちょっと歩けば行けそうだぜ」
少々残念そうに、三郎に聞いてもらいたくて二人はそう言ったらしかったが、三郎は、「寺が見えてきたぜ、紅葉もちらちら見えらぁ」と笑って返した。留五郎と与助はため息を吐き、三人は正燈寺の門をくぐっていった。
寺の中では紅葉狩りに来たのか、娘や侍、町人らしき数人の塊が、ちらほらと見受けられる。
厳かな組み方の寺の建物が、よく見る坊主に似て、ゆったりと佇んでいる。いや、坊主が寺に似るのだろうか。
そして、その慎ましさとは反対に、野放図に素直な紅葉の葉が、燃え立つようにそこらじゅうに賑わっていた。だが、陽気なはずのその赤色は、どこか深みのある暗さも持っている。
ベタベタと刷った絵草子の色とは違って、生きているものだけが見せる、無限の変化の色だった。三人はそれを見て、思わず息を漏らした。
「こらぁすげぇや…」
「俺達の染める布なんか目じゃねえぜ」
「留五郎、与助」
ふいに三郎が二人より前に進み出て、紅葉の葉に手をかざした。そうして二人を振り向く。
「俺ぁ、おめえ達が好きなんだ。綺麗な景色を一緒に見てえと思った。でも、それより大事なことがある」
三郎は真剣に、留五郎と与助を見つめる。留五郎達は何を言われるのかは分かっていなかったが、「おめえの言いたいことは分かっている」、そんなような顔をしていた。
「綺麗な景色を見るのは大事だ。でも、それを見る人間が、間違えのねえ心を持ってることが、一番大事なんだ」
三郎はなぜか、留五郎と与助に頼み込むような目を向けた。留五郎と与助はふんわりと微笑み頷いて、「もちろんだ」、「そうさ」、と三郎に言った。
作品名:川の流れの果て(4) 作家名:桐生甘太郎