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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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川の流れの果て(4)

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弥一郎の店の大きな寝間では、どの職人も昼間の疲れで高いびきをかいてすっかり寝ていた。

寝乱れた布団が何枚も並べられた室内で、三郎は、部屋の隅にある行灯のすぐ隣に敷いた布団に座り、胡坐の上で本に目を落としていた。

夏も終わって秋めく江戸の夜は、どこか寂しい感じのする涼やかな風が簾の間を抜けてきて、行灯の薄ぼんやりとした灯りが、夏とは違って目に温かかった。

三郎は仕事が終わって湯から帰り、夕食も食べ終えて酒も飲み終わった今、「おくの細道」を紐解き、いつも通りにその味わい深さに夢中になっている。と、不意に三郎は顔を上げて、又吉のことを思い出した。

三郎は、それまで気にかかって迷っていた考えが急に晴れたように、はっとした顔をした。その顔は行灯のほの明るさに照らされ、暗い闇の片頬と、ぼんやり明るいもう一方に、曖昧に分けられていた。

与助が又吉に昔の女の話をした時に、進んで同情をし、優しい言葉を掛けるのを厭わずに自分も泣いていたのを見て、三郎は「こいつぁあぶねえ」と思った。

おそらくは与助もそう思ったから、あの日又吉の後ろ姿を見送りながら、「あいつぁいい奴だが」と口にして、その先の「いい奴過ぎて心配になる」を言えなかったのだろう。


又吉は、自分の店であったことを忘れたくて、店に居場所がねえから、「柳屋」に顔を出すんじゃねえだろうか。あの日、「番頭さんがとうとう怒っちまったでなぁ」と又吉が笑っていた時も、店から逃れたくて「柳屋」に来たんじゃねえだろうか。
三郎はそう思い至って本を閉じた。