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桐生甘太郎
桐生甘太郎
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川の流れの果て(4)

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「又吉さん!どうしたんです!?」
お花の叫び声からそれは始まった。
「又吉!どうしたんだその顔はぁ!」

ある日「柳屋」に現れた又吉は左目の下の頬に、真っ青に腫れた痣のコブをこさえて、また済まなそうに笑ってもじもじと前掛けを両手で揉んでいた。

「ひどいやらかしをしたでなぁ、番頭さんがとうとう怒っちまいましてなぁ…おらぁ、商売の腕が良ぐねぇもんだから…」
「いーや!そりゃあそんな傷じゃねえ!二度三度殴ったってそんなひでえ傷になるもんじゃねえ!ちくしょうめ!おめえんとこの番頭が悪党に決まってる!」

与助は又吉がやり返せない優しさを持っているから、番頭はそれに付け込んで憂さ晴らしのために殴ったんだと激昂した。

「そ、そんなことねえだ!おらのしくじりでお店に損がいったでぇ、こんぐれぇのこたぁ、仕方ねえですだ!番頭さんを責めねえで下せえ!」
「何言ってんだおめえ!そんな目に遭って黙ってるこたぁねぇ!」
「そんな…だってそんなこつ言ったって…」
「与助、与助、気持ちは分かるが又吉が困ってんだ。少し落ち着きな。もう少し話を聞けばいい」

又吉が泣きそうになって与助を止めるので、三郎も与助をなだめて、留五郎は与助の気が収まるまで又吉を慰めた。

お花は濡らした手拭を持って来て必死になって又吉の頬に当ててやった。
「済まねえだあお花さん。おらぁ大丈夫だで、仕事に戻らねえと店が…」
「そんな場合じゃないわ!もっと自分の心配をして下さい!まあ本当に酷い怪我をして…本当に、酷い番頭…」
お花はいつもの恥じらいも忘れて又吉の言葉を遮ると、悔しそうに唇を噛みしめ、ぽろぽろと涙を零した。

それを見て又吉もそれ以上何も言えなくなってしまい、黙ってお花に頬を冷やしてもらいながら、下を向いていた。

その日の又吉は口数も少なく、詳しい事情を聞きたがる与助に「おらが算盤を間違えたで、大旦那に番頭さんが叱られたんでなぁ、仕方ねえんです」と決まり悪そうに笑った。

泣き続けるお花にも、「おらは大丈夫ですだ、もう大して痛くねえだ、さっき冷やしてもらったで、だいぶ具合がいいだよ」と慰めていたのである。

留五郎や三郎は又吉に力の付くものをと、吉兵衛親方に柏の串焼きとゆで玉子を頼んだ。

「おらこんなに食えねえだぁ、みんなも一緒に食べてくだせぇ」
「それぁいいが、まずおめえが食えよ。こういう時は腹いっぱい食うもんだ。そうしなきゃ元気が付かねえぜ」
「ほんとに、ありがたいでなぁ、ありがとうごぜえます…」

又吉は美味しそうにそれらを頬張ってにこにことしていたが、それで却って左目の下の腫れが痛々しく見えて、お花はまた泣いていた。

その日も門限があると言って店に又吉は帰ったが、お花は最後まで引き留め、留五郎達も「気ぃつけてな」と言ったり、「またきっと来るんだぞ」と励ましたりしていた。