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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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川の流れの果て(4)

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三郎は本を読むのが好きな職人であった。

仲間の中には、酒を飲んだり女のところへ通ったりということに明け暮れている者も多いが、小さい頃に叔父の良助に読み書きを教えられた三郎にとっては、本を読むというのは当たり前の「遊び」だった。

しかし、紺屋の職人のところへ来る貸本屋は少ないので、やっと一人来た時には一度に五冊も借りて、貸本屋がそれを怪しんだくらいである。

幼い頃から難しい本も読みたいと勉強をしながら読んでいたので、三郎はかなり難しい読書も出来た。育ての親を亡くして、「人のために生きる」と決めてからは、三郎は「人のためになるものとはなんであろうか」と考えるようになり、偉業を成し遂げた人物の伝記を読んだり、人の世の道理を見透かすような難しい小説を好んで読んだ。

そんな三郎がちょうどこの頃出会ったのが、松尾芭蕉の、「おくの細道」であった。ある日いつものように弥一郎の店に現れて、「すごい本が来たぜ三郎さんよ」と誇らしげに一冊勧めてきたので、三郎はあまり気が進まないながらも、それを見料を払って借りてみた。


輝かしい伝記でも、厳かな話でもなく、当たり前の言葉で描いた景色が、こんなに美しいとは三郎は思っていなかった。そしてその美しい景色を、自分の心と重ねて楽しんで、悲しんで、本当の心で喜ぶ。

それらが巧みな筆で、決して気取らず気張らずに、ただ素直に書いてある。それがこんなに心に染み入るとは思っていなかった。

それで三郎は初めて、自分や、他の人の生活の助けになるものを探すためという目的も無しに、読むだけで、文字を追うだけで自分が満たされる本に出会ったのだった。


三郎はそれまで、「人のためになるものは、町に住む人が住み良くなる決まりごとにあるのではないか」と考えていた。それはもちろん正しいはずであった。だが、この本を読んで三郎はそれを見直す気になった。


銭が無ければもちろん食べていくことすらままならない。擦り切れてぼろぼろの木綿物だけで冬の往来をうろうろし、物乞いをする者には、何より銭が必要だ。「でも、それだけでは駄目だ」と三郎は思い始めた。


本当に人が楽しく暮らすためには、世の中の決まりが人々の暮らしの助けになることの他に、人々が世の中の美しさを知ることも大事で、それが出来なければ、銭を持っても金貸しのように意地汚くなるだけかもしれないし、悪くすれば金が元で身を滅ぼすことすらあるのではないかと三郎は考えるようになったのだ。


「松尾芭蕉」という著者の名前をしみじみと見ながら、三郎は、最後に人の生きる道を示してくれるのは、ただ目の前にある美しいものや、美しい人の心なのだと受け止めたくなった。

貸本屋に「おくの細道」を三日経って返した三郎であったが、寝ても覚めても芭蕉の書いた一文一文が蘇り、頭から離れなかった。それらを読んだ時に感じた、目の前にある景色がじっと自分を見つめ返していて、案ずることなど無いのだと包み込んでくれるような、そんな気持ちを思い出してはため息を吐いて、また読みたくて堪らない恋しさを感じる日々を送った。

そして仲間に黙って少しずつ銭を貯め、こっそり本屋に行って、とうとう今まで手の届かなかった本を、一冊だけ買ったのだった。