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呪縛からの時効

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 そんな中で、思い出と思い出すことについて話になった。彼女の方からこの話題に触れてきたのだが、阿久津がさっきまで考えていたことをいきなり見抜かれたような気がして自分でもビックリだった。
「思い出と記憶って、やっぱり違っているのよね」
 と彼女が言った。
「どういうことなんです?」
 阿久津は何となく分かっていたが、念のために聞いてみた。
「思い出は時系列で繋がっているけど、記憶って繋がっていないのよね」
 と言われた。
「逆じゃないのかい?」
 と阿久津がいうと、彼女は、
「これでいいの」
 と言った。
 彼女と阿久津が見ているところは同じなのだが、表現が正反対だった。そんな状況を阿久津は、
――まるで鏡を見ているようだ――
 と感じたが、それを声に出していうことはなかった。
 阿久津は、スナックに足しげく通うようになった。目的はスナックの女の子に気に入られたいという下心があったからだ。阿久津は自分のそんな気持ちを隠そうとは思っていない。どちらかというと今までの自分が堅物を装っていたことで窮屈な思いをしていたと思い、それを解放させる気持ちになっていたのだ。
 だが、実際にはそんな窮屈な思いはしていなかった。堅物だと思わせるような故意は自分の中にあったと認めるが、それもさりげない態度であったことで、苦痛に感じたこともなかったのを、
「窮屈な思いから解放する」
 などとどうして感じたのか自分でも分からなかった。
 元々、相手の女の子の方が阿久津に興味を示していたようだ。
 大学教授という肩書に興味を持っていただけなのかも知れないが、阿久津はそれでもよかった。利用されているという認識はまったくなく、むしろ、自分が努力して掴んだ地位があるから、それまで得られなかった感情を得ることができたということで、一種の役得感を味わったのだった。
 役得感は悪いものではなかった。
「教授になったのだから、こういうご褒美があってもいいじゃないか」
 という思いだった。
 収賄のようなれっきとした刑事事件であれば、罪悪感もあるが、曖昧なことは大丈夫だという感覚である。
「誰もがしていることではないか」
 という感情が頭の中にあり、それが本当は一番危険なことであるということを分かっていなかったのだろう。
 それで阿久津はいいと思った。いまさら聖人君子のような顔をするつもりもないし、むしろ人間臭さがあってこそのまわりとの関わりだと思えば、何でもないことだった。
 阿久津が店の女の子と身体の関係になるまでに、それほど時間は掛からなかった。やはり積極的だったのは彼女の方で、ことあるごとに阿久津に誘いをかけていた。
 最初の頃は、相手にしていなかった阿久津だが、一度ならずも二度三度と積極的になられては、その気にならない方がおかしい。
 一度ダメで諦めるのであれば、
「それだけのことだったんだ」
 と思って、どこにでもあることの一つとして片づけていたに違いない。
 しかし、それが何度も繰り返されると、さすがに相手の気持ちが、自分が見ているような軽い相手ではないという思いに駆り立てられる。男としても、まんざらでもなく、しかも年齢が離れていることから、
「本当にその気がなければ、ここまで積極的にはならないだろう」
 と思った。
 阿久津は彼女の誘惑に負けた形で、一緒にホテルへと足を踏み入れたが、阿久津は相手に誘惑されたという思いを拭い去ることはできなかった。
 だが、それでもいいと思っている。一緒にいると、どこか懐かしさを感じる。それは自分が若かりし頃に戻ったという感覚があるからで、ホテルに入るのなど、何十年もなかったことなのに、まるで昨日のことのように思い出された。
 以前に一緒に入った相手は。まだ阿久津が学生の頃で、性に関してはまだまだ子供だと思っていた頃だった。
 そんな自分が初老になって、まさか二十歳以上も若い女性とホテルにしけこむなど想像もしていなかったことに、新鮮さを覚えたのだ。
 ホテルに入るまではあれだけ積極的だった彼女は、ホテルに入って二人きりという状況に陥ると、急に殊勝な態度を取るようになった。
――これを恥じらいというのか?
 阿久津は今までに感じたことのない思いだったはずなのに、どこか懐かしさを感じていた。
 阿久津は今までにベッドを共にした相手は、妻の香苗だけではなかった。結婚前に数人の女性とホテルに入ったりしたことはあったが、恋愛関係に結び付いたことはなかった。阿久津はそのつもりだったが、相手が阿久津を相手にしなかった。中にはホテルに入るまでは恋愛感情を持っていた相手が、ホテルで一夜を過ごしたことで、急に恋愛感情が冷めてしまった人もいるかも知れない。
 そんな数人の中に今回のスナックで知り合った彼女との逢瀬にどこか結び付くようなものがあったのだった。
 恥じらいを感じた彼女は、とたんに無口になった。相手が無口になると自分が饒舌になる癖を持っていた阿久津は、彼女になるべく話しかけようになった。さらに恥じらう彼女だったが、阿久津に話しかけられることに対しては、嫌な思いを抱いているということはなかった。
「電気を消して」
 と言って恥じらう彼女の言うことを最初は聞いていたが、そのうちに阿久津は大胆になった。
 彼女の恥じらいを、まるでわざとであるかのような解釈を勝手にして、敢えて攻撃的になった。そう、Sに変身したのだ。
 そんな阿久津に彼女は怯えたような態度を示していたが、次第にお互いの興奮は最高潮に達し、
「こんなの初めて」
 とまで彼女に言わせるだけになっていた。
 阿久津と彼女との関係が決定した瞬間だった。
 彼女はMの性格を持っていて、隠れたSであった阿久津の本性を最初から見抜いていたようだ。
 しかも、彼女の中にはファザコンという性質まであったようで、だからこそ、阿久津の中にS性を見抜くことができたのだろう。
 そう思うと、いろいろ納得できていた。
「男女の関係って、深くなればなるほど、単純に考えればいいものなのかも知れないな」
 と阿久津は思った。
 関係が深まれば深まるほど、複雑になってきていると思うことの方が、余計に頭の中を複雑なものにしている思ったのだ。
 阿久津は彼女と深い関係になり、それまで隠れていた本性が顔を出した気がした。
――この歳になって――
 とは思ったが、本当にこの歳になって、まわりの女性が自分に興味を持ってくれている人が多いことに気が付いた。
 離婚してからの阿久津は、目線がどうしても内に籠りがちになっていた。実際にほとんど表を見ていない。表を見ていたとしても、それは表面上だけのことで、その根底にあるものを見ようとはしなかったのだ。
 だが、こうやって女性と再度仲良くなってみると、それまでの空白の期間がぐっと縮まって、すべてがまるで昨日のことのように思い出される。女性の身体にしても、
――初めての相手のはずなのに、隅々まで知っているかのような錯覚に陥ってしまうのはなぜなんだろう?
 と思うほどになっていた。
 阿久津は、スナックで知り合った女性だけではなく、大学内の女の子、つまりは生徒に対しても嫌らしい目で見るようになっていた。
作品名:呪縛からの時効 作家名:森本晃次