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呪縛からの時効

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 その視線に気づく女生徒もいて、ほとんどは、
「教授の目、気色悪いわ」
 と思われていただろうが、中には阿久津の視線に、興味を示す女性もいた、
 阿久津としては、
「数百人に色目を使って、一人でもそれに応えてくれる人がいるのであれば、惜しみなく視線を送る」
 と思っていた。
 功を奏したという言い方が適切なのかどうなのか分からないが、阿久津が気になったのはその中の一人、吉岡恵という生徒だった。
 彼女は、普段からいつも一人でいる女の子だった。正直まわりからは一線を画していて、目立つということとはまったく無縁な存在だった。そんな彼女のことを気にする男子などいるはずはないと阿久津は思っていたが、実際にそうだったのだ。
 阿久津が彼女を意識したのは、彼女の視線を感じたからだ。
 最初は阿久津もまわりの男性と同じように、恵の存在をほとんど意識していなかった。彼女には気配を消すという癖のようなものがあったようで、気が付けばそこにいたという程度の存在感しか与えられなかった。
 それなのに、彼女の目力は視線の先を知るまでは、まったく感じなかったはずの彼女の視線を感じるようになったのは、どうしてなのだろう?
 その視線がスナックで知り合った彼女とは違った意味で阿久津に衝撃を与え、阿久津は彼女をものにしないといけないというような使命感に襲われたのだ。
 彼女の名前は吉岡恵という。自分のゼミの生徒だったが、今までは意識したこともなかった。
「眼中になかった」
 と言ってもいいだろう。
 今までは他の女性であっても、生徒であれば、ほとんど意識したことはない。相手が性とだからという理由ではなく、生徒であろうが他の女性であろうが、女性というものをいつの間にか意識しないようになっていたのだ。
 そのことを阿久津は自覚していなかった。自分はまだまだ女性に対して意識が強いと思っていたのだ。だから、生徒に対して意識して視線を逸らしていたこともあったが、女生徒からすれば、その方が気持ち悪く見えていたようだ。しかし、阿久津がスナックで女性と知り合い、そのまま自分の本能のままに赴く行動をとることができたことで、今まで自覚してきた自分に近づくことができたのだ。
 それまで、自覚と本当の自分への意識が違っていたことでまわりからの意識と自分の間隔のずれを知ることがなく、生徒からどう思われているのか分からず、教授という立場だけを頼りにここまでやってきていたことにやっと気づいた。
 離婚してからこれまで、ここまで自分を見失っていたなど、想像もしていなかった。だが、やっと目覚めることができた。五十歳近くになって目覚めた自分を、阿久津は遅いとは思わなかった。
「まだまだこれからだ」
 人は五十歳という年齢をどう思うだろう。
 十年前くらいであれば、まだまだ遠い年齢だと思っていたが、考えてみればあっという間だった。それは何も意識の中になかったからで、これまで知らなかったことを知るにはまだ何十年も残されているという思いがあったからだ。
 阿久津は、五十歳になっても、まだ自分はに十歳代前半くらいの意識でいる。それは肉体年齢ではなく、精神年齢だということだ。まだまだ子供だと言える年齢なのかも知れないが、やり直すには十分に思えた。
 恵がそんな阿久津に興味を抱いたのも無理はないことだった。阿久津に興味を抱いた女性は恵だけではなく、他にもいたようだった。
 阿久津は、最近眼鏡をするようになった。以前はコンタクトレンズをしていたのだが、最近は目が痛くなってしまい、仕方なく眼鏡をするようになったのだが、そのとたん、まわりの女性が阿久津に興味を持つようになった。
 阿久津もまわりの女性への目線が変わったような気がしていた。それまで意識してはいけないというタガが外れたような気がして、いつの間にか熱い視線を送っていたのだ。
 普通なら、
「気持ち悪い」
 と思われるのだろうが、阿久津に限ってはそんなことはなかった。
 阿久津は女性を抱く時決して眼鏡を外さない。
「恥ずかしい」
 と相手に言わせるのが好きなのだ。
 しかし、ある時、恵を抱いた時、ふいに眼鏡を外した。すると、
「今日の先生、いつもと違ったわ」
 と言って、彼女は急に冷めてしまったようで、それから阿久津に対しての態度がまったく変わってしまった。
 彼女は阿久津にその日、暴言を吐いていた。どうやら、阿久津が他のオンナと親しげに話しているのを見たという。
 阿久津には身に覚えのないことだった。
「何をいうんだ、俺はそんなところにそんな時間行っていないよ」
 というと、
「教授が若い女の子が好きなんだってことは知っていたけど、まるで夫婦のようにふるまっていたは、今までの先生からも、最近の先生からも想像できない姿。それを見ると、私は何か裏切られた気がしたの。どうしてなのかしらね」
 と言って、黙ってしまった。
 阿久津は、それ以上、恵を責める気にはなれず。
「じゃあ、今日はこのまま帰ります」
 という彼女の手を離してしまった。
 阿久津は恵が言った場所まで行ってみた。すると、そこは墓地になっていた。
「おかしいな。恵はこんな場所で俺と別の女性を見たというのか?」
 と思い、海が見える墓地を歩いてみた。
 そこに一つ気になる墓が見えたのだが、その墓石に書かれている名前を見て、阿久津は愕然とした。
「阿久津香苗」
 その名前は香苗の名前である。
 しかも旧姓ではなく、阿久津の名字のままだ。
 そして、その横には死亡年月日が書かれていたが、その日付は今からちょうど十五年前の今日になっていた。そして阿久津はその時、形になって表に出すことのできない「時効」のようなものを感じた。
「曖昧な人生は、曖昧でしかない」
 それは、今までの自分の人生が、虚空にまみれた人生であり、迎えた時効が、法律でも撤廃されたすでに過去のものであったかのように感じたのだった……。

                  (  完  )



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作品名:呪縛からの時効 作家名:森本晃次