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呪縛からの時効

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 誰かに相談するとするのであれば、一人だけというと考えが偏ってしまうということもあるので、複数の人の意見を参考にするのがいいのかも知れない。しかし、複数の人の意見を参考にしてしまうと、それを精査するのも難しくなってしまう。それだけに、人に相談するのであれば、自分の意見をしっかりと持っていないと、ロクなことにはならないであろう。
 自分の意見を持たずに他人に相談してしまうと、一人だけの意見を聞いて、少しでも自分と意見が違うと、自分と同じ意見の人を探したくなってくる。
 また自分の意見と同じような意見であれば、今度はさらにその意見を盤石にしたいという欲に駆られてしまうだろう。
 どちらにしても、また他の人に相談してしまうということは紛れもない事実になってしまう。そうなると、どんどん相談する相手が膨れ上がってしまって、誰の意見を聞いていいのか分からず、さらにまた他の人に聞いてしまうという悪循環を繰り返してしまうのではないだろうか。
 しかも、そんな話を他人にするうちに、
――同情してほしい――
 という思いが宿るのも無理もないことではないだろうか。
 人に相談しなければ自分で解決できないほどの問題が持ち上がっていると思っているのだから、相談はどんどんとエスカレートしてしまうのだ。
 香苗はそんなにたくさんの人に相談をしているわけではないようだった。気心の知れた数人には話したようだったが、それも自分の気持ちがしっかりと決まった後で相談しているようなので、香苗には考えがブレるということはなかった。
 ただ、早苗が相談した相手で、二人の共通の知り合いもいた。香苗が親しい人に相談しているということは分かっていたが、まさか共通の知り合いに話をしているとは思ってもいなかった。
 相談した共通の知り合いを阿久津は、
「俺の方が仲がいい」
 と自負していた相手で、まさか彼に相談しているなど思ってもみなかった。
 だが、実際には香苗の方との仲が親密だったようで、彼は二人が付き合い始めてから二人一緒に知り合った仲だったので、元々どちらかの知り合いだったというわけではなかった。
 だからお互いに、
「自分の方が仲がいい」
 と思っていたに違いない。
 香苗も彼への相談には躊躇したようだ。こちらの話が阿久津に漏れるのを香苗は警戒していた。自分の気持ちが固まるまで、離婚の話は阿久津には知られたくないという思いがあった。
 それは香苗にとっての都合であり、阿久津としては実に不公平なことであったが、彼が阿久津に対して何も言わなかったのは、香苗の気持ちが分かったからだろう。
 彼も男なので、気持ちとしては阿久津よりだとは言えないだろうか。香苗の気持ちが固まるまで阿久津には内緒にしているというのは、男としては、
「フェアーではない」
 と思うはずである。
 それでも阿久津に何も言わなかったのは、香苗の気持ちが話を聞いていて分かったということなのだろうか。それとも冷静に見て、二人の関係は別れた方がいいと考えたからであろうか。どちらにしても、香苗が彼に相談したというのは、賭けのようなものだったのではないだろうか。
 阿久津は離婚してから、彼に香苗から相談があったことを阿久津に伝えた。
「どうだったんだね。人には相談していたんだろうとは思っていたけど、君にまでしているとは思わなかったよ。何しろ君は僕とも知り合いだからね」
 と言いながら、阿久津は違うことを考えていた。
 阿久津が考えていたのは、
「離婚するまでに彼に相談しなくてよかった。もし、相談していれば、俺は赤っ恥を掻くことになっただろうし、彼は彼で、どう返答していいのか、困惑したに違いない」
 と感じた。
 もちろん、このことを彼にいうつもりはなく、阿久津は自分から質問するというよりも、彼がいうことだけを黙って聞いていればいいんだと感じた。
「香苗さんもかなり悩んでいたようですよ。僕は彼女の言いたいことを聞いていただけで、何かアドバイスをすることができなかったんだ」
 そう言って、神妙な表情になった。
「でも、話を聞いてあげただけでもよかったと思うよ。僕も香苗を説得しているつもりで、どんどん情けなくなっていくのを感じたんだ。でも、何とか説得しないと気が済まない。気持ちの中での矛盾にどうすることもできなかったんだよ」
「君のように当事者になってしまうと、本当に大変なんだろうね。僕は冷静に見れる立場にいたにもかかわらず、結構緊張してしまったからね」
 と言っていた。
 香苗がどんな相談をしたのか阿久津は細かく聞かなかったが、
「でも、どうして僕には何も言ってくれなかったんだろう?」
 と、ボソッと呟いた。
 阿久津の本心はそこにあった。
 彼にどんなことを相談したのかということは、この際どうでもいいことだった。香苗が離婚を決意するまで自分に何も言ってくれなかったことが阿久津は一番悔しいことであるし、一番理由を知りたいと思うことだった。
「阿久津君は、当事者だから、どうしても自分の立場からしか考えられないんだろうね。少しは落ち着いたと言っても、まだ心の奥にくすぶっているものがあるだろうから、そのくすぶったものが消えないと、その答えは出ないと思うよ」
 と言っていた。
 確かにその通りだろう。実際に精神的に落ち着くまでにはかなりの時間が掛かったが、その瞬間は自分でもわかるものだった。
 その時、
「女というものが、何かを言い出した時、すでに心が決まっている時だ」
 という言葉を理解したような気がした。

               辿り着いた先

 香苗と阿久津の離婚が正式に決まったのは、離婚の話が出てから、半年後だった。諦めの悪い阿久津だったが、
「これ以上話し合ってもいい結果は出ないぞ。そろそろ今後のことを考えて生きることを考えてみてはどうだ?」
 と研究所の同僚に言われたことだった。
 言っていることは、それまでにも他の人から言われたことのある話だったし、何よりも阿久津自身で分かり切っていることであった。
 それまでは、分かり切っていることだけに相談した相手から、もっと他の話を聞きたいと思っているところに、ありきたりな話を聞かされたことで、却って意固地になってしまい、話に対して反抗的な気持ちになったものだった。
 だが、その時はなぜか気持ちがスーッと冷めてくるのを感じた。
 しかも、その相手は今までの関係上でも、とても阿久津を納得させるだけの仲をずっと保ってきた相手というわけでもなかった。
「もうどうでもいいや」
 という気持ちになったのだが、それは投げやりという感覚ではなかった。熱かったものがただ冷めてくるだけのことだった。余計な気持ちがその中には入っておらず、意固地になるという気持ちはなかったのだ。
 開き直ったと言っておいいのだろうが、それよりも、まるで昔の敗軍の将が、敗走する中で、
「もはやこれまで」
 と言って、自刀する気持ちに似ているような気がした。
 阿久津は歴史学者である。研究する中で、自分が当時の人間に思いを馳せることも結構あった。
「相手の気持ちになって考えなければ、いくら歴史的な発見や今までの研究を勉強するだけでは、歴史を極めたことにはならない」
作品名:呪縛からの時効 作家名:森本晃次