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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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川の流れの果て(2)

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「それにしてもびっくりしたよ。お前さんなにかい、この人の知り合いなんかい」
一人の女が又吉の前に屈んで留五郎を指してそう聞くと、又吉はびくびく怯えながら「へ、へえ…ほんのこねえだですが…」と、はっきりしない口調で答えた。
「なんだ、江戸の者じゃねえのかい!」
女達は又吉が田舎弁で喋ったので、それで更に驚いたようで、ますます興味が湧いたらしい。口々に色々なことを聞き出した。

「どこから来たんだい」
「へえ、下総から…」
「下総!遠いねえ。それで、江戸へは商売かい、奉公かい」
「へ、へえ…奉公人として、働かせて頂いてるんでして…」
「歳はいくつさ」
「え、その…十六…」
辰巳の女らしい男勝りな女達の様子に又吉はたじろいでいたが、おろおろしないように、頑張って返事だけはしているようだった。
「十六!そうかい、まだ我慢しなくちゃならないねえ、きっと辛抱おしな」
女が一人慰めるように又吉の手をさすると又吉はびっくりしたが、すぐにはその手を振り払わずに、女が手を放した時にそっと手を袖の中へ仕舞いながら、「へえ、ありがとうごぜえますだ」と俯いた。

すると女達が又吉に群がるのを窓辺の席で見ていた留五郎が、「おい、おめえら!誰がその客連れて来たと思ってんでい!」と叫んだ。
「はいはいわかったよ、酒と刺身だろ、今頼んで来るから、ちょっと待ってな」
女が一人部屋を出て行き、若い者に注文を伝えたのか、すぐに戻ってきて、三人は三味のねじめを締め始めた。


「初心」で「いい男」となれば、これはもう女の方の独壇場である。残念ながら金持ちではなかったが、女の方も、もちろんいい男と居た方が気分が良いのはそうらしい。
女達は又吉の世話を焼きながら酒を注いで、留五郎や与助達の顔も立ててやりながら、代わる代わるに三味を鳴らして、遊びになれた留五郎達と都都逸の回しっこをしたり、又吉の前で見事な曲を弾き語ったりした。
又吉はそれを聴いて少なからず感動したのか、「すげえですだ!」と上機嫌で手を打ち鳴らす場面もあった。


台屋から上げられた笹だらけの刺身や、なんだか腹納まりの悪い酒でも、気の回る上等の女が居るとなれば話は別で、四人は結局楽しく歌って騒いだ。

太鼓持ちが入って来る、若い者が甘味を誂えるなど宴の席は繁盛し、騒ぎ飽きたが疲れは来ないちょうどいい頃合いで、四人はそれぞれ女の部屋へ案内をされた。

もちろん他の客の部屋へも女は出入りをしていたし、布団の上に座って待っていたところで、夜が明けるまで女が現れなくても文句は言えないのがこの街である。だが、又吉は初めから女に手を引かれて、女はとびきりの上機嫌といったように又吉を連れて自分の部屋の戸を閉めてしまった。