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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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川の流れの果て(2)

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辰巳の方角への道すがら、三郎は留五郎に「まずいんじゃねえのかい」と耳打ちしたが、「大丈夫だよ、奴だって男なんだ!喜ぶに決まってるさ!」と留五郎は相手にしなかった。


三郎には又吉の人間がどういうものか、もうほとんど見えかけていた。礼儀正しく、少々潔癖なところもあるが、思いやり深い。又吉は三郎にはそういう人間に見えた。
そんな又吉が急に花街へ連れて行かれたら、泣きながら逃げ出すんじゃないかとさえ思っていた。

与助はひっきりなしに又吉に話しかけていて、又吉は興味深げに与助の話を聞いていた。もちろん与助も、「行先の話だけはしない」というのは分かっていて、「紺屋は甕に入れる「藍」からてえへんなんだ」と自分の仕事の苦労を聞かせたり、「若えうちは気を付けなくちゃならねえ、年寄りのいうこたぁ聞いておくモンだ」など、滔々と又吉に説いている。

又吉はそれらを感心して聞きながら、「そうなんですけえ、おらぁ気を付けますだぁ」なんて真剣に返事をしているのだった。


花街へ踏み入ると、遊郭の煌びやかな建物と、格子の向こうで仰々しいほど洒落た成りをした女達が並んでいることに又吉はびっくりしていたが、もちろんここがどこだかはわかっている様子だ。留五郎が「けっこうな遊び場だぜ」と言い添えて、店へ入ろうとしない又吉の手を引いた。


馴染みの裏を返すついでに又吉にあてがう女も留五郎は名指して、与助と三郎も気に入っていていた女をいつものように呼んだ。若い者は機嫌の良さそうな顔で四人を迎えて、どうやらお得意らしい留五郎となんだかんだと話をしながら世辞を言い言い、座敷へ通す。
「ではこちらで少々お待ち下さい」と若い者が言い置くと、ぴたりと障子は閉められた。

又吉はどの座布団へ腰を下ろしたらいいのかすら分からない様子でおろおろと突っ立ったままだったので、与助と留五郎は部屋の戸から遠いところを勧めて、自分達は窓辺にもたれて世間話を始めた。

又吉はずっと正座で座布団に小さく収まり、カチコチに固まってしまっていた。そこへ廊下からさらさらと衣擦れの音と、それから、はっきりした軽快な足音がしてきたが早いか、がらりと戸が開き、又吉はびっくりしてそちらを向いた。すると、女達も又吉を見てびっくりしている。それから、中の一人が急に叫んだ。

「…まあ!なんてえこりゃあいい男だい!」
辰巳の女からそこまで愛想を引き出させるほどのいい男は、なかなか居ない。

「俺のことかい」
「なんだいあんたのことじゃねえやい、こちらの方さ」
又吉を褒めた女は留五郎が馴染みと見えて、間から口を挟んだ留五郎には、平気でつっけんどんな口を利いた。留五郎は一瞬「連れて来るんじゃなかった」という悔しそうな笑い顔をしたが、「とにかく、酒と、刺身を誂えておくんな」とだけ言い、煙草入れと煙管を取り出し、煙管に刻みを詰めていた。

座敷に入ってきた女は、めいめいに鼠や御納戸の落ち着いた色の着物を着て、暑そうに少しだけ胸をはだけて大きく衿を抜き、羽織りを引っ掛けていた。髷に刺さった簪だけは女らしい洒落たものであったが数は多くなく、立ち姿も顎を引いてきりりとしており、又吉は目をぱちぱちしてそれを眺め、信じられないものを見ているような顔をしていた。