川の流れの果て(2)
お花は近所では評判の器量よしであったが、前に書いた通り、極端な恥ずかしがり屋で引っ込み思案であった。だが、顔を赤くしてはにかむ様子がとても可愛らしいので、その内に酔っ払い達も、「女」としてより自分の娘のようにお花に接するようになった。甚五郎のように年嵩になると、孫のように猫っかわいがりする客もある。
お花は確かに又吉を好いていたが、娘にとって、殊にお花のような娘には、自分の口から言い出すなどということはとても出来ることではない。
又吉が店に来て自分が膳と酒を運ぶ時、お花は今までで一番恥ずかしいような、一番嬉しいような、またひどく苦しいような思いに責められ、又吉が帰ってしまうと、「次はいつ来るだろうか」と何度も繰り返し願いながら、ただ待つのであった。
深川の外れの銭湯から、男が三人出てきた。いずれも職人らしい目の光りようで、ぎらっと構えた男たちであった。
一人は与助で、湯から上がったばかりでたらたらと汗を流し、もう一人は留五郎で、こちらも暑そうに手うちわで自分に風を送っていた。一番後からのれんを押して出てきた三郎は、用意していた扇子で顔を扇いでいる。
銭湯の前を、もう時期も終わる金魚売りが、三人にぶつからないように盥の水を収めながら、ひょいと身を躱して通っていった。時刻は昼の八つほどであった。
「いやー、暑くてかなわねえや。よお、物は相談だがよう、これから辰巳の方へでも行かねえかい」
不意に留五郎がそう言い、三郎だけはちらっと嫌そうな顔をしたが、すぐにまんざらでもない風を装って「いいだろう」と言い、与助も賛成した。
三人は深川の芸妓を囲って夜までわっと騒ぎ、朝日の明ける前に店に帰るつもりでいた。三人がのたくた歩いていると、前をとぼとぼと行く青年の姿が見えたので、与助が立ち止まる。
「どうしたい、与助」
三郎がそう聞くと、「あいつぁ、こないだ会った又吉ってえ奴じゃあねえか?」と与助は言った。
留五郎と三郎が前を向くと、確かにどことなくこの間会った又吉らしい、済まなそうな背中と、きりっとした細い髷がこちらを向いている。
「うーん、確かに似てるが…」
「見てみた方がは早えや、こういうのはよ」
留五郎はずんずん進んで又吉らしい人物に近づいていき、「もし、そこ行く人よう」と声を掛けた。青年が振り向くと、確かにそれはどこか申し訳なさそうに顎を引いた又吉であった。
「あっ、あなたはこねえだの…」
相変わらず田舎弁の混じった喋り方をして、又吉は嬉しそうに笑い、留五郎に一礼した。
「留五郎だよ」
「留五郎さん、こねえだは、肴を頂きありがとうごぜえましただ」
「いやいや、礼には及ばねえ。おめえさん、どこへ行くとこだい?」
「あ、今日はお店が休みだで、おらぁ遊ぶとこも知らねえもんで…行こうにも、どこへ行くんかわからねえんでして…散歩をと思いましたでなぁ」
困りながらそう笑う又吉を見ていて、留五郎は急にぽんと手を打った。
「じゃあおめえさんよ!俺達についてきな!」
「へっ…」
作品名:川の流れの果て(2) 作家名:桐生甘太郎