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短編集71(過去作品)

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 何しろ短編なのだ。ブラックユーモアの本領発揮ではないか。小説を読み込んでいくとやはり自分にも書けるような気がする。読みやすいからであるが、作者独特の決まり文句があるのか、読者に向けてのポリシーというのが感じられる。
 恋愛小説を書いている人の話を本で読んだことがあるが、
「私の小説はすべてが架空のお話なんですよ。自分のことを書こうとすると、どうしても事実を折り曲げて書こうとしてしまう。恥かしいからということではなく。書いているうちにどれが本当の自分なのかが分からなくなってくるようだ。まったく架空の話を書くのは「作文」であって、少しでも現実の話に近づいてくるのが小説なのだ。
 何もないところから新しいものを作り出すことに造詣の深い思いを感じている私は、作文の方が似合っているのかも知れない。だが、まったく架空の話などできるはずがない。できるとすれば子供のような純粋な気持ちを持っている時だろう。だから、私の好きな小説は子供の気持ちで読むのがいいと思うのだ。
 ブラックユーモアに恋愛を盛り込んだ小説を書いてみた。それまでの貧弱な恋愛経験もブラックユーモアを盛り込めば、何とかストーリーになるのではないかと思えた。ストーリーというよりもインパクトを求めていたのだと思うようになったのは、ブラックユーモアという自分独自のジャンルを作りたいと思って焦っていたのかも知れない。
 恋愛小説を書いていながら、次第に自分が潔癖症になりつつあるのを感じていた。主人公を女性にしたのは、女性から見た私のような男性がどう映るのかを感じてみたかったからだ。私のような男性は、どこか脆いところがある。固くてびくともしないと思われているものも、思わぬところから力が加われば、まるでガラスのごとく、木端微塵に砕け散ってしまうのである。砕け散った無数の破片の一つ一つにまるで自分の顔が隠れているように思える。
 潔癖症だと、小説を書くことに違和感がないようだ。潔癖症を布陣校にストーリーを展開させるということは、自分を書いているのを同じだからだ。ただ私の場合の潔癖症というのは、小説を書いている時だけ表に出てくるものだ。他の時にはどちらかというと大雑把である、
 そんな私は二重人格なのかも知れないと思った。だが、実際には二重人格ではなく、一つの人格の中に、その時々でどんな自分がふさわしいかという選択をしているのだ。一つの人格が作るその場の自分はしょせん薄っぺらいものなのかも知れない。だからこそ、いかにその場の自分を表に出そうとして、小説を書いている自分は、潔癖を表に出すのだった。
 小説の中で私の机に触った人が、わざと机に指紋を残すようなそぶりを見せた。普段はそんなことをするはずのないという設定だったはずなのに、書いている途中で設定変更したのだ。
 その人が残した指紋が赤く浮き上がっていく。すると、青い指紋が浮き上がってくるのが見えた。青い指紋とは自分の指紋で、普段気を付けてあまり指紋を残さないようにしているにも関わらず、指紋が浮き上がってきた。
 小説を書いている時は、自分の中で夢を見ているイメージを描くことが多い。自分の世界に入る混むことでストーリーが浮かんでくるのだ。夢は潜在意識が見せるものだが、小説も同じである。本当の作文ができない限り、完全なるフィクションは書けないのだ。
 私は、潔癖症の作家をずっと意識してきた。彼がどこまでフィクションに迫れるのかが気になっていた。小説としてはごく自然な設定で、平凡な内容に見えるが、それは潜在意識と作文との間のギリギリの裂け目ではないかと思っている。私も同じように潜在意識と作部の裂け目を探して小説を書くようにしたいと思っていたが、どこまでが潜在意識なのかが分からない。やはり夢を見ている感覚にならないと、小説を書くのは難しいのかも知れない。
 指紋が教えてくれる潔癖症の性格は私の中にもあり、それが潜在意識と作文との境目ではないだろうか。潔癖症から先の性格がどこかに存在していて、それを模索することで作文が見えてくる。私は自分にないと思っている潔癖症の性格を潜在意識の中に探すべく、小説を書くことに決めたのだった。

 孤独なる
  一人の部屋に佇みて
   背中越しにて振り返りたる

「ただいま」
 誰もいないと分かっている部屋に、扉を開けると声が響く。扉からは冷たい風が流れ出てくるが、暖かく明るい部屋を勝手に想像しているからかも知れない。
 暗闇の中ですぐにスイッチの場所が分かる自分が虚しい。それでもスイッチを探す時間は虚しく過ぎるだけなので、スイッチを分かっていることは虚しいというよりも寂しさを一瞬で感じるだけなのだった。
 一瞬で感じたものは一瞬で忘れる。電気がついた瞬間に、私はスイッチの場所がすぐに分かる方がいいのだと理解する、そこには私の指紋しか残っておらず、寂しい中での私だけのものだというおかしな感覚が芽生えるのだった。
 明かりがつくと、部屋の中が一望できる。部屋は二部屋。一つはダイニングキッチンに、もう一つは寝室だった。ちょっと贅沢かとも思ったが、駅から遠いということもあって、駅前のワンルームよりもいいのではないかと思い、ここを借りることにした。歩くのにはだいぶ慣れてきたので、さほど苦にならない。やはり、この部屋を借りたのは正解だっただろう。
 私の三十歳代は、この部屋での生活だった。二十代中盤くらいに結婚したいと思った女性がいて、お互いにその気はあったはずなのだが、どこかで狂ってしまった歯車のために、結婚を断念せざる負えなくなった。私が小説を書き始めたのも、その時の寂しさを紛らわすためだったのかも知れない。
 兄も妹も結婚し、それぞれに家庭を持っている。あの頃は兄弟の中で一番最初に結婚するのは自分だと思っていただけに、結婚の夢破れた時はショックだった。兄弟にそのうち取り残される気分がしたからで、その思いは現実のものとなった。
 一番先に結婚することへの後ろめたさが最初にあった。後ろめたさを打ち消すために、私はわざと兄妹への気持ちをつき放つつもりになったことで、今度は自分が寂しい思いに陥るとは皮肉なことである。
 ワンルームマンションでもいいと思ったのは、あまり広いと、孤独に陥った時、部屋の広さが寂しさに変わるのではないかと思ったからだ。実際に誰もいない部屋に帰ってきた時に扉を開けて感じる暗さと、中から漏れ出してくる冷たい空気。寂しさを象徴するものであった。
 電気をつけても殺風景な光景が飛び込んでくる。なるべく余計なものを置きたくない私は殺風景ではあるが、余計なものがない分、広く感じるのかも知れない。今では潔癖だった頃の面影はまったくない。それが付き合っていた彼女と別れる遠因になったからだ。
「潔癖症にも限度があるわよ」
 彼女の口から「潔癖症」という言葉が出てくることはなかった。分かっていたのだろうが、なるべくそのことに触れないようにしてくれていたのは、彼女の優しさだったのかも知れない。
作品名:短編集71(過去作品) 作家名:森本晃次