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短編集71(過去作品)

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 優しさは言葉にしなくても湧いてくるものではないのだろうか。彼女にはそれがあったが、果たして私にあったのだろうか、自信がない。相手から指摘を受けるものではないだけに、自分で感じるしかないのだろうが、私には感じることができなかった。
「言葉にしなくても、相手は分かってくれる」
 というのは、こちらの勝手な考えだ。
――親しき仲にも礼儀あり――
 と言われるが、話をすることがくすぐったく思えることもある。本当に好きな相手であれば、呼び捨てには抵抗がある。私の潔癖症は生まれついてのものではない。田丸の影響が強かった。潔癖症の田丸をこころのどこかで軽蔑していたはずなのに、どうしてなのか田丸とは縁があった。予期せぬところで偶然出会ってみたり、友達の友達が田丸だったりと、お互いに腐れ縁を感じていたのかも知れない。
 次第に軽蔑が劣等感に変わった。彼の潔癖症に対して劣等感を感じるようになったのだ。彼に対しては対等という気持ちがあるのに、どうしても勝てないと思うところがあると、劣等感が強くなってくるのだった。
 大学卒業する頃には、あれだけ腐れ縁だと思っていた田丸と疎遠になっていた。同じ路線の就職活動ではないので同然かも知れないが、それ以上にお互いを避けていたところがあったと思う。
 田丸は、就職が決まってイギリスに旅行に出かけた。私はまだ就職が決まっていなかったので、羨ましい限りだったが、自分の就職活動が佳境に入ってくると、田丸のことが気にならなくなっていたのだ。
 田丸はイギリスからひと月経っても帰ってこなかった。その間に何とか私も就職が決まり、精神的にも落ち着いてきた。就職活動には、今までにないほどの緊張とエネルギーを費やしてきたので、少し精神的に余裕が持てるようになるまで少し時間が掛かった。
――本当に就職できるんだよな――
 というホッとした気持ちと、今までの学生という甘かった生活から、本当に社会人としてやっていけるかどうかが心配だった。
 何とか内定を貰ったという感じなので、自分のやりたい仕事かと言われれば頭を傾げる。元々、就職して何をしたいなどという気持ちがあったわけではない。何か感じるものがあれば、もっとまじめに勉強していただろう。中途半端な勉強は中途半端な成績しか生まない。中途半端という言葉は、就職活動尾間、耳鳴りのように自分に訴えかける誰かがいたような気がする。
 真面目だけが取り柄だった中学時代、真面目さに行き詰って、内に籠ってしまった高校時代。さらにはその反動で友達を作りまくった大学時代。それでも親友と呼べる人もいなくはない。真面目な話をするのは嫌いではないのは、コツコツとこなせることが好きだからだろう。
 コツコツと真面目なことが好きなのは、何もないところから作り上げることが好きだったからだろう、他の人と同じでは嫌なのだ。自分独自の世界観がそこに作られることを願っているのだ。
 そんな自分を思い出し、気持ちに余裕が生まれてくると、やってみたいのが小説を書くことだった。
「就職も決まったことだし」
 と思って、どんな小説から攻めていこうかと思っていたそんな時、田丸の訃報を聞かされた。
「イギリスに行っていたんじゃなかったのかい?」
「イギリスから帰ってきてから、すぐだったらしい。イギリスには三か月もいたらしいんだけど、本人としては、今後もイギリスで暮らしていきたいと思うようになっていたようだ。ふとした弾みで、海に落ちたらしいんだ。夜の海だったらしいが、何だって夜の海なんかにいたのか不思議なんだ。事故と事件の両方から調べているらしいんだけど、その時田丸さんは一人だったらしいんだ」
「まさか自殺じゃないんだろうな」
 私のイメージする田丸が死んだと聞いて選択肢が二つなのは分からなかった。事故と事件があるならば、どうして自殺が浮かんでこないんだろう。
「遺書もないし、靴を脱いでいない。それに自殺の理由が見当たらない。変わったやつだったけど、死ぬ時も変わってるよな」
 皮肉っぽいが、やはり人ひとり死んだのだ。神妙な気持ちにもあるのであろう。
 私には最初、彼が死んだと聞かされて、正直、何も感じなかった。もちろん、驚きはあったが、ショックを感じるまでには至っていなかった。
「信じられない」
 という気持ちが強く、隠しきれないショックがやがて襲ってくるなど、想像もしていなかった。
 実は、その時私はまだ田丸のことで知らないこともあった。私が知らないのだから、他の誰も知っているわけはない。親ですら知らない彼の秘密を私が知ることになるのは、十年近く経ってからのことだった。
 毎日のように一人寂しい部屋に帰ってくると、思い出すのが子供の頃に家の金庫が抜かれたことだった。
 泥棒自体よりも、私が鮮明に覚えているのは、手に塗られた黒い墨だった。あの時のことを思い出そうとすると、微熱を感じてしまう。私の場合は過去のことを思い出そうとすると、微熱を感じることがあるが、最初に感じたのは、泥棒のことを思い出した時だった。それから定期的に思い出すようになった。そのたびに微熱を感じる。つまり微熱と周期は私の中で切っても切り離せないものになった。
 周期はちょうど月単位だった。
――時々自分が女になったような気がするんだよな――
 というのは、ひと月に一度感じるこの微熱のせいかも知れない。
 結婚を逃しはしたが、恋愛という意味では充実した時期を過ごしたこともあった私は、彼女と一緒にいて、時々女性の不思議さを感じさせられる。平常心でいたかと思えば急にイライラし始めたり、怒りだしたり、私には信じられないことばかりだった。
 だが、慣れてしまうと、むしろ自分にも同じような感覚があるのに、どうして表に出てこないのかが不思議だった。私だけなのか、他の人も同じような感覚を持っていて、同じように不思議に感じているのではないだろうか。
 特に「月のもの」を感じた時に香ってくる匂いは、気が遠くなるほどの鉄分を感じる。子供の頃に転んで、擦りむいてしまった時、その匂いを感じた。自分の足から流れる真っ赤な血に、何とも言えない鉄分の匂い。気が遠くなるのを必死に堪えながら、痛みが和らいでくるのを感じていた。そして、そのまま私は夢の世界に入っていったようだ……。
 自分が女になったことを意識していても、好きになるのは女性である。身体が女性を感じているのに気持ちは男性のままなのだ。
 女性ホルモンとしては、増えているのかも知れない。身体の異変は体温から違う。体温が高くなったような気もすれば、包まれたいという気持ちも生まれる。
 だが、どこかに一本強い筋が通っているのも感じる。男性にはない強さがあるのだ。きっと子供を産む身体を女性が有しているからだろう。女性にあって男性にないものは、子供を産むという機能である。
 私が時々感じる女性になった感覚では、すでに一度は子供を産んでいるのではないかと思うのだ。子供を産んだ身体が寂しさと後悔の念を感じている。そして何か世の中に対していつも怯えと後ろめたさを感じながら生きているのだ。
作品名:短編集71(過去作品) 作家名:森本晃次