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短編集71(過去作品)

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 最初は四、五人の社員を抱えただけの狭い事務所での営業だったが、今では元々の事務所以外に、四つの営業所を持つまでの会社になっていた。社長である父親の存在の大きさから、会社がワンマンのイメージを持たれがちだが、実際には社員が支えている。ワンマンに見えるのはわざとワンマンに見えるようにしているかららしく、
「会社が成長している時は、一人のカリスマの存在が必要なのさ。それを私が演じただけで、実際には会社の皆が会社を支える。これが理想の会社のあり方ではないのかな?」
 高校生になっていた私だったが、半分理解でき、半分は難しかった。
「半分でも理解できれば上出来だ」
 と父親は言ってくれたが、半分というのは当然のことである。まだ高校生で働いたことがないのだからだ。高校生にもなれば、社会の秩序は少しだけは分かってくるような気がする。そのことを父は素直に喜んでくれた。
 私には兄がいるが、会社を継いだのは兄だった。私には最初から会社を継ぐだけの器量はないと思っていないので、会社社長への未練はなかった。欲がないと言えばそれまでだが、きっと親が影で苦労しているのを見てきたからかも知れない。
 苦労が嫌だというわけではない。私だけならコツコツやっていけばいいと思うのだが、果たして私には、父のまわりにいるような優秀な社員がついてきてくれるかが心配だった。何よりも彼らの信頼を得られるかであったが、それだけ父の存在の大きさを感じていた証拠でもある。
 父の存在は仕事だけでなく、家でも絶対だった。母はそんな父についていっていたが、それなりにストレスもたまることだろう。家庭の中でなるべく笑顔を絶やさないようにしようという気持ちは、妹に受け継がれた。私は兄と四つ違いだが、妹とは二つ違いで、兄よりも近い存在に感じられた。
 兄は聡、妹は紀子という。
「紀子は、俺が子守していたからな」
 と、兄からすれば私よりも妹に近いと思っているようだ。確かに私も兄に子守されていたらしいが、あまり記憶にはない。だが、妹の紀子は、
「そうね、大きいお兄ちゃんに子守されていたって記憶が、かすかだけどあるわね」
 どうやら、少しだけでも覚えているらしい。私も覚えてはいるが、思い出せないだけなのかも知れない。
 ひょっとすると兄も子供だったので、子守りというより、遊んでもらっているというイメージが強かったのかも知れない。兄というよりも友達のイメージの方が強かったのではないだろうか。
 私にとって兄は絶対的な存在だった。もちろん、一番の接待的な存在は父だったのだが、その父を一番「絶対的」に感じていたのは兄であろう。だからこそ、父に感じる絶対的なイメージまでも兄に感じたため、兄が絶対的になってしまった。私たち家族は、前を歩いている人の背中を見て生きているのだ。
 見られた方は、後ろの視線を痛いほど感じる。それは見つめるよりも鋭いもののはずであるが、この関係が家族としては理想なのではないかといつしか思うようになっていた。この体制は結構きついものである。だが、考えてみれば、これが一番頑強な体制であり、安心できるものだ。これを当然のものとして育ってきた私は、少し性格的に細かい性格になったようだが、それでも家族の中ではまだまだ甘い方だったようである。
 紀子は中学に入ると、少しずつ変わっていった。友達と遊ぶようになってきて。うちの体制に疑問を持つようになったのだ。
「他の家じゃ、これが当たり前なんだよね」
 と言って、紀子が母親に食い下がっている。
「よそ様はよそ様、うちはうちなの」
「それじゃあ、世の中渡っていけないわよ。うちだけ特別なんだから」
 私にはよく分からなかった。恥ずかしながらその時まで私は他の家庭も同じだと思っていたからだ。友達ができても遊びに行くこともなかったので、比較するものがなかったのだ。
 その点、紀子は社交的で友達も多い。母親に似たのだろう。引っ込み思案なところもある。さぞや友達の家に行って驚いたのだろう。ショックだったという雰囲気をありありと感じる。一生懸命に食い下がっている姿は健気で応援したくなるのだが、考えてみれば紀子がうちの中でまともだという考えも浮かばないわけではない。
 紀子が一度私に打ち明けてくれたことがあった。
「私本当にここの子供なのかって疑問に思うことがあるの。私の考えていることと、かなり差があるように思うのよ。私だけ浮いているような。私が異常なのか、それとも家族が異常なのかって。でも、どっちが異常であっても正常であっても、結局は私の悩みは消えないわけなのよ。何とか私を納得させてくれる結論がないのかしらって、本当に考えるようになったの」
 妹の悩みは分からないでもなかった。もし私が妹の立場であっても同じことを考えただろう。
――妹の悩みは深いんだな――
 と思っていたが、しばらくすると、
「お兄ちゃん、この間の話は忘れて」
 と言ってきた。悩みが消えたとは思えないので、悩みを打ち明けたということに自己嫌悪を感じたのではないだろうか。そう思うと、私は妹がいとおしくなった。家族の中で感じてはいけない感情だと思っていた感情を感じたのだ。
 好きだという禁断の感情ではない。相手に対していとおしいという気持ちや同情を抱いてしまっては、相手が弱くなってしまうという考え方だ。相手のことを思うのが基本となっているので、敢えて同情などを抱かないようにするという理屈を聞かされた時、なるほどと思ったのだ。
 その考えを教えてくれたのは兄だった。兄は自分で会得したのか、それとも親から教わったのか、分からないが、兄から聞かされた時、驚愕があったが、兄のいうことなので、間違いはないという思いも強かったのだ。
 紀子は中学に入ってから急激に友達ができた。意識して増やしていたようなおだが、どうやらうちと他の家庭とを比較することが目的だったようだ。
 確かに他の家庭と比較するのが一番だし、友達の家に遊びに行って体感することが一番である、友達はどんどん増えていったが、誰も家に連れてこようとはしない。何を言われるか分からないのだから連れてくるはずもない。
「それにしても、どうやって友達を説得したんだ?」
 友達を家に連れてこないなら連れてこないなりの理由がなければ友達も納得しないだろう。自分だけは行くのに自分の家には連れてこないというのは不公平である。
「稼業は自由業で、ちょっと怖いお兄さんたちも来るから、あまり連れていきたくないって言ってるのよ。私は慣れてるからいいけど、初めての人はちょっと怖いかも?」
 と軽い脅しをかけたという。
 しかも妹が友達を作るのにはパターンがあった。なるべく大人し目の子が多い。あまり逆らう相手だと自分と衝突してしまうという思いがあるのと、もう一つが家に呼びたくないので、なるべく臭がらない相手を選んでいるというのも大きな理由だった。
 友達は確かに誰も来ない。うちに好奇心すら持つ人もいないのだろう。好奇心とは自分の心の中に余裕がないと生まれないものだと思う。友達を作る時は、いつも紀子から声を掛けているのだという。相手から来ることもあるが、
「私もあなたとはお友達になりたいとずっと思っていたのよ」
作品名:短編集71(過去作品) 作家名:森本晃次