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短編集71(過去作品)

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を語り始める彼女の目は楽しそうだった。
 しかしその中で彼女はしきりに自分が嫉妬深い性格であると言い続けた。私が浮気性だとでも思ったのだろうか? それとも過去に男に裏切られたようなことがあったのだろうか? いずれにしてもそれだけが後日まで頭に残った。
 次の日からも、彼女とは喫茶「コスモス」で会っていた。私は毎朝寄るようになってから京子も立ち寄るのだが、日ごとに態度が違うことに気付き始めたのはいつからであろうか?
 明るく元気な時ばかりではない。モーニングセットのコーヒーを口に運びながら、顔はカウンターの奥を向いているのに、視線はあらぬ方向にあり、どこか寂しそうな時がある。背中を丸め、両肘をカウンターの上についたその姿には哀愁さえ感じられる。
 ため息が漏れそうな姿に痛々しさを感じるのか、しきりに気にはしているものの、結局私もママも話しかけられないでいる。私とママの会話が耳に入っているのだろうか?
 しかしそういう時に限ってママと話が弾むのはなぜだろう? ママからにしても私からにしても、尽きることのない話題が次々にあり、お互い時間を忘れるほどに話に集中している。話しをしないと却って場の雰囲気は最悪で、入って来れない京子だけが取り残されている結果になった。
 これはまずいと思ったが、京子を見るとうなだれたままである。
「どうしてこんなことになったんだろう?」
 心の中で、そう感じていた。そして心の中で「これが夢なら……」と思った瞬間である。
「あれ?」
 夢から覚める時というのは、いつもこんな感じである。必ず夢であることに気付いたことで夢が終わり、目が覚めた時にまったく同じことを考える。
「リアルだったな」
 同じようなシチュエーションの夢を見ることはあっても、それが続きということはあまりない気がする。気になることがあって見る夢は、必ず気になっている肝心なところで終わるようになっているからだ。
 確かにいつも気になるところで終わる。それだけに次の日に見る夢がその続きだと分かるのであるが、それが昨夜の続きであったという意識は目が覚めてから思うことである。
 それにしても一体誰を意識しての夢なのだろう? 最初は京子に違いないと思ってきたが、途中からやたらと喫茶「コスモス」に行きたがる自分、そしてそこで待っているママの表情に気が付くと一喜一憂している私がいるのだ。
 しかしそんな夢が終わりを告げるときがやってきた。
「あなたと私は結局こういう運命だったのね」
 そう言いながらジリジリと摺り足で近づいてくるのは京子であった。その手に光るナイフを見た時、恐怖で、身体が固まってしまったことは言うまでもない。
 私の腕にしがみ付くように寄り添っている喫茶「コスモス」のママも怯えで声が出ないようだ。表情を盗み見ようと試みるのだが、目の前のナイフから目が離せず、それどころではない。しかし、しっかりと身体を摺り寄せている左腕には小刻みな震えが止まらない様子がひしひしと伝わってくる。
「運命?」
「そう、運命。あなたは気が付いていないみたいね……。でも、それはあなたにとって知らなくていいことかも知れないわ……」
 場所はビルの屋上のようである。高所恐怖症の私にとって、ただでさえ背筋が寒くなるようなところ。風も強く、震えがさらに激しくなるが、背中にじんわりと掻いている汗も気持ち悪い。
 恐怖で声が出ないとはよく聞くが、もし声が出せるのであれば、何を叫んでいるであろうか? 命乞いを始め、その時自分の口から出てくる言葉に反応するかのごとく体が動きだすような気もする。神妙に正座し、地べたに頭を擦りつけながら、必死になった命乞いが目に浮かぶ。
 しかしそんな時、私は一体何といって命乞いをするのだろう? 醜い姿を想像するだけで情けなく感じるが、想像の域に達しないのは、まだいささかの理性があるからだろう。
 最後まで紳士でいたいなどと思えるのはいつまでだろうか?
 私が意識として覚えているのはそこまでである。目の前で走った白い閃光、見ていたナイフが反射したと感じたのだ。
 私の頭はこの間の遊園地にさかのぼっていた。楽しそうに遊ぶ京子の姿、それしか浮かんでこない。気持ちが安らかになり、まるで夢を見ているようだ。
 そう、夢を見ているのだ。どこまでが現実で、どこからが夢なのか分からない。ずっと現実だと思っていると、目が覚めて、それが夢だったことを感じる。いつの間にか夢の世界に入ってしまうことなど考えられず、最初から夢だったことに気付く。
 あの日行ったバーで見た背中への視線の正体、あの時に見たのは確かに白い閃光だった。
その時隣で飲んでいた京子と、その視線の正体とを見比べ、「そんなバカな」と感じたことを思い出していた。
 その視線の正体は京子自身であり、その手に握られたナイフによる光の反射が私の目を襲った。思考能力の低下は歴然としていて、瞬間的な記憶喪失状態になったのではとも考えられる。それが今目の前で再現されている。
 夢というのは時間的なつながりなどないのだろう。バーで見たのと今という時間がつながっている気がする。その間に繰り広げられたことが、まる虚栄のように感じられ、時系列が頭に中で崩れていく。夢と現実が歪に交差しているのだろうか?
「あなたは夢と現実の世界の区別がつかなくなってるわね」 
「どうしてそう思うの?」
「私がそうだったのよ、夢と現実の区別がつかなくてね。それは私の現実逃避が招いたおとだったから自業自得なんだけど、あなたも今たぶん、そう……」
 どうしても否定することができない。それを否定することは、なぜか私が私でなくなるような気がしてならないのだ。
「あなたは私と同じ世界で会っているような気がしているでしょう?」
「うん、でもそれは君ではなく、京子さんという一人の女性だよ」
「他の人には見えないけど、あなたにはこの世界の京子と、ここにいる私の両方を見ることができ、話すことができる。もちろん、この世界の京子は私の存在を知らないわ。薄々は気付いていてもね」
「どういうこと?」
「京子という現実にいる人が作り出した慮栄、つまり私はもう一人の京子……。彼女は現実逃避をしたいがあまり、夢と現実のハザマに足を踏み入れたのよ。本来なら、現実への執着から私というもう一人の自分の存在を打ち消すんだけど、彼女はそれを受け入れた。夢と現実との混同を甘んじて受けたのね。そのうちに私という虚栄の存在がこの世に存在してしまったのよ」
「じゃあ、本来なら、生まれるはずではなかったと?」
「いいえ、私のような存在は、他の人にもあるのよ。ただこの世の人には信じられないということで見えないだけ」
「じゃあ、もう一人の僕も存在すると?」
「ええ、私はよく知ってるわ。でもあなたとは全然違う人」
 頭の中で理解しようとしても、できるものではない。しかし、受け入れるという言葉だけには、なぜか呼応できるものがあった。
作品名:短編集71(過去作品) 作家名:森本晃次