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短編集71(過去作品)

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「石ころってあるでしょ? 目の前にあっても同じようなものがたくさん並んでいると、いくらその一つがとても重要なものであっても、誰も気にならない。相手がいくらこちらを気にしようとも、その気持ちが表に出なければ、誰も気にしようとはしない。それが、私とあなたの関係」
 確かに目の前にあっても、自分が意識しなければ、いくら見えていても、存在しないに等しい。
「それって、僕だけに言えることなんですか?」
「いいえ、みんなそうなのよ。あなただけじゃないわ。あなたはやっとそのことに気付き始めた。自分でも分かっていることでしょうけどね」
 それは言える。
「あなたはなぜ、そんな物騒なものを持っているんですか?」
 キラリと光るナイフが時々目に突き刺さる。その瞬間瞬間に頭の中で思い出のようなものが浮かぶのだが、一体いつのことだったか思い出せない。あまりにも一瞬であり、それが今まで本当に経験したことかどうかを考える隙間すら与えてはくれない。
 走馬灯のように巡る思い出とは一体どんな感じだろう? 別れなどのような決別の時、私も思い出が頭を巡ったことがあった。しかし、次々に思い出すというものだったのか、それとも思い出の場面がスライドのようにシーンだけが頭によみがえるのか、今となっては覚えていない。
「今あなたの中には、二人のあなたがいるの。一人は私を愛しているあなた。そしてもう一人は、喫茶『コスモス』のママを愛しているあなた……。一人の人間の中に、二つの人格が生きていることはあなただけではないんですけどね。そして、あなたは知らないでしょうけど、前世のあなたは、喫茶『コスモス』のママと夫婦だったのよ。普通、前世で一緒だった人がこの世で出会うということは希なことなの。だから誰も前世のことを意識しないで生きてるわ」
「じゃあ、僕には前世の呪縛があると?」
「そう、あなたは前世で奥さんと悲しい別れ方をした。それが今でも引っかかっている。たぶん、このままで行けば次の世でも、また次の世でも、ずっと引っかかりっばなしかも知れないわ。そしてこの世で結ばれるはずの私にもその影響が出てくるの。だから、私は肉体から離れ、あなたをずっと見続けていたの。そしてあなたと私が出会ったのは決して偶然ではない。逆に出会わなければならないはずの二人が、このままなら出会えないところを、私が出会えるようにしたの。でも、あなたがここまでママのことを忘れてないとは思わなかったわ。まさか、出会いの場が喫茶『コスモス』になるなんて……」
 私の目の前には鏡が見える。そこには無数の私が写っているのだが、仕掛けはすぐに分かった。私の背後にも鏡があって、その間に私がいるのだ。
 それが、今の私である。掴もうとしても、それが一体いつの私なのか分からない。実態があるようで、掴もうとしても掴めない。
 そんなことはないはずだと打ち消そうとするのだが、目の前に広がる私が私をじっと見つめている。無数の私がそれぞれの私に微笑みかけているのだ。一人が自分を打ち消そうとすると、きっと全員が消えてしまうだろうと思っているに違いない。
「ガチャン!」
 鏡の割れる音だ。無数の微笑みかける私に、その表情のまま亀裂が入った。実際の私の感覚とは違い、まったく驚きなど感じていない。
 一体何があったのだろう? 何となく息苦しさを感じたかと思い、少しうつむき加減になった。すると、いきなり背後に激痛を感じた。背中に激しい振動とともに訪れる定期的な脈打ち、カッと熱くなったかと思うと次第に背中の感覚が薄れていく。その感覚が次第に身体全体に回ったかと思うと、今度は氷のように冷たくなっていくのを感じた。
「ああ、このまま死んでいくんだ」
 何の根拠もない感覚が頭を巡る。死ぬことに対しての恐怖などすでになかった。というよりも今自分に起こっていることを考えることすらできなくなっているといった方が正解なのかも知れない。
 しかし私は本当にこのまま死んでいくのだろうか? これ自体が夢であり、その夢はいつか覚めるのではないだろうか? その証拠にさっきまで感じていた痛みを感じなくなっていた。感覚が麻痺してきているというのは、今が夢の中だからとも考えられる。
 確かに意識が遠のいていくのを感じている。遠のいていく意識の中で、無数の自分がこっちを見つめているのが見える。そういえば、京子と初めて会った時、萩で会った喫茶店のママと話をしていたあの時、今から思えば鏡のようなものが見えたのではなかったであろうか。意識が薄れていく中、そのことだけが次第に頭によみがえる。
 私を刺した京子は、ずっと私のことを見ていたという。その時、京子には私がどのように写ったのであろう? 鏡の中の無数の自分に気が付いていながら、はっきりと認識できていない私を見続けていたに違いない。さぞかしその時の私は、摩訶不思議な顔をしていたことだろう。
 その時、鏡の中に写った私の表情は、それぞれ違っていたに違いない。なぜなら、鏡を見つめながら、すでに自分が見つめられる立場になるであろうことを感じながら、鏡を見つめていたのだから……。

                (  完  )




作品名:短編集71(過去作品) 作家名:森本晃次