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短編集71(過去作品)

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 ママは相変わらず軽やかな手つきで、私の注文したメニューを仕上げている。その様子を見ていると、何となく落ち着いた気分になれるのは、すでに店の雰囲気に慣れてきた証拠であろうか。
「初めて来たんですが、すっかり気に入りました。時々寄らせていただきますね」
「ええ、でも初めてのような気がしないのは気のせいかしら?」
 そう言って微笑んでいるママを見ると、以前から馴染みだったような気がしてくる。
「私、京子っていいます。金沢京子。よろしくね」
「僕は岡山昭二っていいます。京子さんは学生ですか?」
「ええ、K大学の三年です。歴史の勉強をしてます」
 女子大生という響きはいいものだ。どちらかというと地味なタイプが好きな私には、京子が理想の女性に見えてきた。学生時代から歴史が好きだった私とすっかり意気投合し、最初の話題を忘れたかのように明るく話す京子もこの店の常連で、朝はいつもここで過ごすということだった。
「これからの朝の行動は決まった」
 と密かに企んでいる私の思いを知ってか知らずか、友達ができたことへの喜びいっぱいの京子だった。
 ママの作るモーニングセットもなかなかのもので、
「一押しよ」
 という京子の言葉もあながちお世辞だけではなかった。
 二人の会話に時折相槌を打ちながら黙々と作業をするママ、表情はニコヤカだが、冷静な性格に思えてならない。
 そういえばいつだったであろうか? 私が会社の出張で山口の萩へ行った時のことである。歴史が好きな私にとって萩といえば「聖地」とも思え、造詣の深いところである。吉田松陰に始まり、高杉晋作、桂小五郎、伊藤博文、山県有朋など維新の元勲を多く排出した街で、学生時代にも何度か行ったことがあった。
 萩といえばもう一つ、夏みかんの産地としても有名なところで、街のところどころにあるレトロな喫茶店では夏みかんジュースを飲ませてくれる。私はそのうち、萩城址の近くにある喫茶店に顔を出した。ちょうどホテルの近くでもあり、表から見ていかにもレトロ風な建て方が私の目を引いたのだ。
 そこではママが一人でやっていて、私が入った時には観光客三人をカウンター超しに相手をしているところだった。しかしちょうど席を立つところだったようで、入れ替わりに入ってきた私はそのままカウンターへと腰掛けたのだ。
 先ほど三人に相手していたママの表情に冷静で沈着な印象があった私は、一瞬たじろいでしまったが、座ったカウンターから見たママの表情には笑顔が浮かび、それが営業用でないことは私にもすぐに分かった。
「一体、どっちが本当の表情なのだろう?」
 確かに冷静な感じは受ける。しかしその笑顔に冷たさは感じず、嘘偽りのない笑顔を返すことができた。
 歴史が好きで萩に対して造詣が深いことをいうと、ママは相槌を打っていたが、
「入れ替わり立ち代り元勲と呼ばれる人が出てきているのは、萩という土地柄なのかも知れないわね」
「どういうことですか?」
「これだけいろいろな人が同じような時代に同じ土壌で活躍できるっていうのも珍しいと思うんですよ。その人たちの運命以外に歴史を動かす運命が別にあって、それは土地柄に由縁しているような気がしてならないんですね」
 ママの言葉にはいちいち説得力があり、気が付けば頷いている私がいる。
「運命が二つあるってことですか?」
「そうね、二つとは限らないけど、一つではないわね。それは人生においても言えることかも知れないわ」
 どうやらママはこの手の話が好きなようである。実は私も嫌いな方ではなく、よく友人と夜を徹して話をしたことがあった。
「あら、やだ、私。ごめんなさいね、初めてのお客さんにこんな話して。いつもはそんなことないんだけど、あなたを見ていると何となく話をしてみたくなったの」
「いえいえ、私も嫌いな方じゃないですから」
「そう言って頂ければ恐縮ですわ。以前来られたお客さんの中で私と同じ意見を持った方がおられて、それは話が盛り上がったものです。その方とお客さんの目がとても似ておられたので、ついつい話をしてしまって……」
 その後どんな話をしたのか、はっきりと覚えていない。覚えているのはそこまでで、ママの顔すらおぼろげだ。
 しかし、今はっきりと思い出すことができる。
 最初、喫茶「コスモス」に入った時、何となく「おや」と感じたのを思い出した。初めて来た店なのに、前から知ってるような気になったからである。どうやらママの顔を見た時に感じたもののようで、萩で出会った喫茶店のママと雰囲気が似ていたからである。
 かなり後になって分かったのだが、それが萩で出会ったママの顔を忘れていたからだということを理解したのは、またさらに後になってからだった。
「雰囲気は似ているが、顔はどうだろう?」
 おぼろげな記憶にモザイクが掛かっていて、はっきりと思い出すことはできない。元々顔覚えの悪い方である私なので、それは仕方のないことなのだが、あれだけ盛り上がって話しをしたのに、雰囲気が似ている喫茶「コスモス」のママの顔を見た今であっても思い出せないということは、私にとってショックであった。
 しかしそんな私の気持ちを分かるはずのない喫茶「コスモス」のママは、淡々となれた手つきでカウンター作業をこなしていた。
 すっかり喫茶「コスモス」が気に入った私は、それからほとんど毎朝寄るようになったのだ。
 京子とも仲良くなった。
 スナックに誘うと着いてきたのだが、元々アルコールが強い方ではない京子はすぐに顔を赤らめ、目が座ってくるように見える。しかし絡んだり落ち込んだりする酒ではなく陽気になる酒なので、一緒に飲んでいて楽しい。
 普段は身持ちが硬く、あまり自分のことを話す方ではないのだが、アルコールが入ると態度は一変し、急に口が軽くなる。さすがに個人的な秘密を明かすようなことはしないのだが、初恋の時のこととか、失恋の話など、恋多き青春を楽しいエピソードで綴ってくれる。
 そんな時は、ほとんどろれつが回っておらず、私なりに理解しようとするのだが、自分の青春時代を思い出せば、それも難しい作業ではない。
 しかしそんな京子が素面で話す内容が一つだけあった。それは私もかねがね頭の中で考えていることであるが、それゆえ京子の話に共感でき、熱くなれる自分を感じる。それは初めて喫茶「コスモス」で話していた内容に付随していた。
「私、いつも思うんです。本当なら会えるはずの人間と、ずっと会えずに過ごしているんじゃないかってね」
 京子がいうには、自分が知らない人と仲良く話をしているところを、時々目撃されるということだった。確かに目撃されたその場所に、その時間いたことは間違いないんだけれど、誰かといたということはなく、いつも一人だったのだそうだ。
 しかしである。自分を見たという人の話に出てくる一緒にいたという人となりを詳しく聞いてみると、思い当たるふしが出てくるらしい。自分の知り合いに、似た人はいないのだが、なぜか頭に引っかかる。どうしても知らない人には思えないようだ。
 しかも、毎回それが同じ人物らしいということも、京子が不思議がる理由のひとつのようだ。
「それは男性なの?」
「ええ」
「どんな?」
作品名:短編集71(過去作品) 作家名:森本晃次