小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集71(過去作品)

INDEX|12ページ/23ページ|

次のページ前のページ
 

 自分に自信を持つということは、人の視線をいかに交わすかということであり、彼女はその部分にも長けていたと言えよう。彼女はいつも自分を独りぼっちだという意識を持っていながら、孤独だとは思っていないのだ、孤独を感じるということは、内に籠ることであり、彼女の場合はむしろ、内に向けたエネルギーを表に向けることで、孤独を感じないようにしていた。
 表に向けられたエネルギーは、まわりの人には分からないもののようだ。いつも一人でいる彼女に違和感を感じないのはそのせいであろう。
 ただ、彼女が今までに人目も憚らずに号泣することがあった。それを彼女に入りこんでしまった私には分かった。彼女の中の回想が教えてくれた。それは大切な人が亡くなったことだったのだ。
 知っている人がまわりにたくさんいるのが見えた。それほど仲がいいというわけではないが、この雰囲気は少なからず私の知っている誰かの葬儀のようだった。
「田丸なのか?」
 思わず声に出してみた。声にはならなかったが、間違いなく私の声だった。表に出ていれば男の声である私なので、どんな反響があることだろう。そう思うと少し愉快な気がした。
 田丸の葬儀にはいけなかった。今ここで違う人、しかも田丸のために号泣するほどの女性の中に入り込んで見たのだからおかしな気分である。
 列席者の中の顔を見ていると、私は愕然としてしまった。
――見間違いかも知れない――
 何しろ、一番自分が見ることのできない相手だからである。鏡や反射するものがなければ見ることのできない相手、それこそ私自身である。私は神妙にしているが、心の中では、形式的なことは早く終わってほしいと不謹慎なことを考えている。それを分かることが、私に透視力が備わっている何よりの証拠ではないだろうか。そう思うと私は思わず吹き出しそうになるのを感じていた。
 田丸の遺影をいつまでも見ていたい衝動に駆られたがそうも言っていられない。なぜいつまでも見ていたい衝動に駆られたのだろう? 私は彼女ではないのだ。身体は女であるが、気持ちは男、彼に私を引き付ける何かがあったというのだろうか?
 実際、本当の私は近くにいて、葬儀には義理と形式で出席しているだけなので、嫌々出席しているというのが、手に取るように分かるではないか。逆にまわりから見ると私の態度がこれほど露骨なものだったとは想像もしていなかった。
 田丸の葬儀のシーンから、今度は打って変って、田丸が生きていた頃のイメージが浮かんできた。時系列で現れないのも夢を見ている証拠だと思う。
 田丸は彼女の前ではあまり潔癖症ではない。むしろ細かいのは彼女の方だ。あれだけの潔癖症だったはずの田丸はどこに行ってしまったというのだろう。本当は潔癖症の彼に嫌気がさしていた私(つまりは乗り移った相手)は、いなくなった彼に対し、勝手な想像を巡らせているのかも知れない。
――こんな付き合い方だってあったのに――
 と思っているに違いない。
 田丸と付き合っていた時期を駆け足で想像していると、夢から覚めていた。夢から覚めると、私も自分に戻っていて、彼女の見ている夢を私が夢の中で見てしまったようなおかしな気持ちだったが、気にしていないはずの田丸を気にしている証拠ではなかろうか。自分を潔癖症だと思い始めたのも田丸の影響。田丸を見ていると自分は違うと思っていたのに、不思議なものだ。
 田丸が死んだことを知らされる前から、私には田丸の気持ちが乗り移っていたのかも知れない。それは私の意思の問題というよりも、田丸の方の問題だったのだろうと思えたのだ。
 それから三年後に私は縁があって結婚した。相手は平凡で大人しい女性だったのだが、縁というのはどこに転がっているか分からない。妄想ばかりしていた私に、女性を紹介してくれるというのだ。最初は、こんな私が女性と交際できるなどありえないと思っていたが、実際に付き合ってみると、相手も同じように孤独という意識があったようだ。私と同じように妄想ばかりしていたと笑っていたが、お互いに妄想の内容を話すまではなかった。
 彼女と話をしているうちに、
――初めて会った気がしないな――
 と思うようになった。きっと妄想した中で出てきた女性のイメージがあったからだろう。彼女も私とは初めて会った気がしないと言っていたので、彼女の妄想の中に私が出てきたのかも知れない。
 結婚まではとんとん拍子だった。
 彼女を勧めてくれた人は、
「好きだと思えば結婚してしまった方がいいかも知れないわね。あまり迷っていたりすると、長すぎた春ってことになりかねないからね」
 と言っていた。
 香織という名前も、私は嫌いではなかった。学生時代に付き合ったことがある女性に香織という人がいて、雰囲気も似ていた。学生時代に付き合っていた香織とはあまりいい別れ方をしたわけではないのに、忘れられない人になっていた。私が潔癖症だということを、初めて面と向かって言ってのけた相手だ。思っていてもなかなか口にはできないことだと思っていた。本当に悪い性格かどうか、判断が付きにくいからではないだろうか。
 妻となった香織も潔癖症なところがあった。私ほど強いものではないが、私の中にあるものを理解してくれていたのだ。
 香織は私のことをすべて分かってくれていると思っていた。一緒にいると分かってくる。言葉にしなくても、安心感がこみ上げてくる。それは私が香織に全幅の信頼をおいているという証拠でもあったのだ。
 付き合い始めて結婚するまでに一年とかからなかった。長すぎた春という言葉が私の中で気になったからだ。一年というのが長いわけではないが、ズルズルと引き伸ばしてしまう時期があるとすれば、一年というのは、一つのターニングポイントになることだろう。付き合い始めて半年から一年というのは、最初の半年よりもかなり早く進行していた。それを思うと、一年というのは、潮時だったのだろう。
 結婚してからの私は時間に対してイメージが変わった気がする。毎日同じ行動の時も、休みでゆっくりとしている時も、同じような時間の流れになっていた。しかし、一日がやたらと長い気がするが、一週間はあっという間である。休みが終わったと思えばすぐに休みがやってくる気がして、時間を贅沢に使っているのだと思っていた。
 最初の一年目はそんな感じで過ごしていたが、次第に休みが長く感じられるようになった。だが、休みはただ長いだけで、中身は薄いものでしかなかった。しかも休みの後半が長く、その分、翌日からの仕事への憂鬱な気分が長い時間続くのだ。
 ゆっくりとした気分になるのは、朝の数時間だけだった。本当はゆっくりと寝ていたいのに、ゆっくりと寝ていると、ゆっくりできる時間が限られてくるのが寂しかった。かといってゆっくりと眠っていたいという気分も本当で、連休のある人が羨ましかった。
作品名:短編集71(過去作品) 作家名:森本晃次