一生勉強、一途に文芸道~小説と私~
その真偽はともかく、言葉に人に影響を及ぼすのは確かである。言葉は時に人を包み込んで癒やす優しさにもなり、また徹底的に誰かを傷つけ打ちのめす武器にもなり得る。
使い方次第で、怖ろしいことになりかねない危うさを秘めているのだ。
どうも小説の感想から大きく外れてしまった感があるが、心に留めておきたいことではある。
☆「時々、初心に帰って」
昨夜、私は娘に一枚の葉書を渡した。
ーこれに昨日の朝、書いた俳句をもう一度書いてみて。
実は、中学校の国語で俳句を作る課題が出たという。それで、娘が思いついた俳句を披露し、
ーこんなので良いかなあ?
と、私に訊いてきたのだ。
私には俳句の善し悪しは判らないけれど、子どもらしい、のびやかさが感じられる句だなとは思った。なので、
ー良いんじゃない?
応え、娘は納得して、いつものように元気に登校していった。
その日の夕方、帰宅して娘が言うには、二句の中のどちらか自分が気に入った方を短冊に清書して校内の廊下の壁に張り出すらしい。
なかなか風流な企画である。娘が張り切っていたのも納得できた。
その俳句のことがずっと頭にあり、私自身が毎年、応募している文芸コンテストに応募してみたらどうかなと思いついたのである。
そのコンテストは一般とジュニアの部があり、娘は中三だからジュニアの部になる。
昨日、郵便局で官製葉書を二枚購入した。一枚は清書のときに失敗した場合に備えての予備である。
まず最初に、学校から他の公募コンテストに出すという可能性がないかどうかは何度も確認した。公募コンテストにおいて二重投稿が厳禁なのは基本中の基本だ。
もし出来の良い句が校内から選ばれてコンクールに出品されるなら、万が一、選ばれたときではあるが、親が勝手に他のコンテストに出せば大変なことになってしまう。
その点を確かめた上で、娘に私の勧めるコンテストのことを話し、応募を勧めた。
娘も満更ではないようで、乗り気になった。
黒ボールペンで、一文字一文字、間違えないように書いてゆく。
ーすいかは、西瓜と書くから、間違えんといてな。
スマホで漢字を調べ、娘に画面を見せつつ説明する。
応募規定には「手書きの場合、必ず黒ボールペンか濃い鉛筆使用のこと」とある。二重投稿が厳禁なのと同じくらい、応募要項の遵守というのは大切なことだ。
私は何度も見逃しがないか、応募要項を読み直した。大丈夫、どれもきちんと守れている。
その傍で、娘はいつになく真剣な表情で自分の句を葉書に書き込んでいる。
ー書き始めはどのくらいの位置が良いなか?
滅多に見ないほど真面目な顔だ。
裏面に作品を書けたら、次は表書きである。応募先の住所と差出人欄には本人の住所、名前、在学中の学校名などを記入しなければならない。
これがまたひと課題であった。コンクール主催の事務局の所在地が極端に長い。確か去年まではここまで長名ではなかったと記憶しているのだが、何か今年はやたらと長くなっている。どうも名称変更があったようである。
あまりに大きな字で書いていったら、絶対に宛名欄に収まりきらない。なので、
ー宛名が長いけん、そこをよう考えて書いてえな。
と、アドバイスしておいた。
娘は、うんうんと唸りながら、相変わらず、これ以上はないというほど真剣な表情で書いている。
ーうーん、難しい、こんなの書けないよ。
やっと宛先が終わり、今度は差出人になった。
ーねえ、中学校の前には○○市立が要るんかなあ。
ーあった方がええんじゃねえ?
正直、どちらでも良いと思ったけれど、ここはもう適当に応えておいた。
娘はやはり、生真面目な顔つきで葉書を睨みつけるように手を動かしている。
しばらく経ち、声が上がった。
ーできた!
一応、私が葉書の裏表に記入ミスがないか確認して、漸く作業が終わった。
ー明日、買い物に行くときにポストに出されえな。
言えば、娘は「うん」と頷いている。
しばらく何やら考えて込んでいた娘が唐突に言った。
ーなあなあ、もし、もしもじゃけど、選ばれて入賞したら、どうなるん?
絶句する私。
ジュニアも一般の部も毎年、それなりの数の応募者はあるコンテストだ。初挑戦で入賞する人もいるには違いないだろうが、我が子にそんな才能があるとは思えない。
だが、娘にしてみれば、宝くじに当たるような確率の夢のような話ももしかしたら現実になるのではないかと夢見ずにはいられないのだろう。
若者の無邪気な夢と憧れを一刀両断するのはためらわれる。私は何かふさわしい言葉を探した。
ージュニアの方だけでも毎年、大勢の人が応募するみたいじゃけえなあ。入賞はなかなか難しいと思うけど?
有名私立校などは学校単位でコンテストに取り組み、先生がこれはと思う作品を選び抜いて応募しているところもあるようだ。娘のようにその他大勢というか個人応募する子にとっては余計に難関なのではないか。
娘にも私の意図は伝わったらしく、いささか落胆したように続ける。
ーなら、なら、一番下の賞は何があるん?
そのコンテストは「市長賞」「教育長賞」「入選」が入賞者である。市長賞は当然ながら一名、教育長賞が四名、入選が六名、最上位十人が入賞となる。その他は予選通過者ー選ばれた作品が作品集に掲載される。
ーうーん、一番下は入選じゃけど、そこまで行くのも難しいしなあ。まあ、作品集に掲載されたら、ラッキーなんじゃねえかな。
私の応えに、娘はまた興奮した様子で叫んだ。
ー私の作品、作品集に載るかな?
ーうーん、運が良かったら載るかもしれんなあ。
俳句はまったく門外漢なので、本当にこれしか応えようがない。
ーああ、どうしよう、私の作品が作品集に掲載されたら!
娘の眼はキラキラしている。少女漫画なら、さしずめ星が瞳にきらめている場面だろう。彼女の頭の中は、既に自分の作品が載った未来予想図ができあがっているのかもしれない。
そんな娘を見ている中に、ふっと懐かしい記憶が蘇った。
そう、あれは私が二十代で初めてこのコンテストに応募した日のことだ。本格的に公募コンテストに応募してゆこうと決めた年で、まず手始めに応募したのがこのコンテストだった。
以来、今年になるまで二十数年間、応募を続けてきた。休んだ年は一度もない。この娘がお腹にいる時、妊娠後期で大病を患って静養生活を送っていたときでさえ、応募は止めなかった。
一度も欠かさず応募し続け、22年目に初めて入選、23年目に初めて市長賞、24年目にもまた市長賞に入賞することができた。あれらの日、流した涙は今も忘れられない。
けれど、私にとってもう一つ忘れられない日は、連続入賞したときだけではない。
応募開始したその年、初めて自分の作品が作品集に掲載されると通知を貰った日の歓びもまた勝るとも劣らないものだった。自分の作品が掲載されたページを浮き浮きと何度も眺めたものだ。
自分なりに精魂込めて書いた作品が作品集に載るー、文芸の道を志す者にとってはまさに至福の瞬間に違いない。
二十数年前のあの日から、思えば私は随分と遠い場所に来てしまった。
作品名:一生勉強、一途に文芸道~小説と私~ 作家名:東 めぐみ