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心理の裏側

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 時間になると、どんどんいなくなるのだが、愛華が最後になることはなかった。必ず最後にならないようにしていた。最後になるのが怖いと思っていたからで、最後になると、それまでいくら明るくとも、自分一人になった瞬間に、一気に夜のとばりが訪れるような気がしたのだった。
 毎日見かける男の子の一人が、愛華を意識していると感じた時、愛華はその男の子をどこかで見たことがあるような気がした。実際にはここでしか見たことがなく、学校も違っているので、知っているはずもないはずなのだが、知っているとすれば、夢で見たとしか思えない。
 小学生の頃は夢に対して難しく考えていなかった。
「同じ夢は見ることができない」
 というイメージは強く持っていた気がしたが、中学時代になってあんなに夢に対して考えるようになるとは思ってもいなかった。
 公園にいて、風が吹いていない時間があることは、同じ時間にベンチでゆっくりするようになってから気がついた。夕凪などという時間が本当に存在するのだということを知ったのは中学に入ってからだったが、自分の感じていたことが本当だったということも結構あるのだと最初に気付いた時だった。
 ベンチで座っていると、ちょうど五時ころだったと思うが、どこからともなくクラシックのメロディが流れてきた。それが公民館から流れてくるもので、五時の時報代わりに流れていることにその時は気付かなかった。ただ、公民館で若干の時差があるのか、それともわざとなのか、クラシック音楽がまるで輪唱のように、少しずつずれて聞こえてくるのが印象的だった。
 足がだるく感じられるのが、その音楽を聴いたからだということが分かってきたのは、音楽に気付いてすぐだったような気がする。
 だが、足がだるく感じる理由が、公民館から聞こえるクラシックの音を聴いたからだという一つだけのことではないのではないかと思ったのは、それからまた少し経った時だった。
 そのもう一つの理由というのは、暑さも一段落してきた頃だったので、秋を感じ始めてからだった。
 遊んでいた子供たちの半分近くは家路について、公園には数人しか残っていない。それも友達と遊んでいる人はおらず、皆一人ずつ、勝手に遊んでいる時間帯だった。
 公園は住宅街の真ん中に位置しているので、まわりは一軒家が立ち並んでいる。そのどこから匂ってくるのか、いつもハンバーグの焼ける匂いがしてきた。
 それまでハンバーグはおろか、夕飯の匂いを感じたこともなかった。考えてみれば、毎日公園に立ち寄っていたのに、今では聞き逃さないほどの音量で聞こえてくるクラシックの音楽をまったく意識していなかった自分がどういう心境だったのかというのを不思議に思わないのもおかしなことだった。
 叔母さんが作ってくれた料理で、ハンバーグの時が多かったような気がする。ただ、料理をしているところを後ろから見たという記憶はないので、実際のハンバーグがどんな匂いなのか知らないと思っていた。だから、匂いがしても、意識することはなかったのかも知れない。
 だが、クラシックの音楽に関しては、その音楽が何という曲なのか知ろうが知るまいが、意識することがなかったのかは理解できなかった。聞こえていなかったわけではないが、意識していなかったのは、ひょっとするとハンバーグの匂いの正体を感じることができなかったことが影響しているのかも知れない。
 ハンバーグの匂いとクラシックの音楽を意識するようになったことが、だるいと感じている身体をさらに動かすことができないほどに身体を硬直させるようになるとは思ってもいなかった。
 身体のだるさは夕方の西日によるものなのか、それとも夕凪という風の吹いていない時間がもたらすものなのか、愛華は何度か考えたことがあった。しかし、結論が出ることもなく、そのうちに考えることもなくなっていた。
 それでもハンバーグの匂いが影響しているということだけは確かなようで、お腹が減っていない時でもハンバーグの匂いがしてくると、空腹感とともに、気だるさを感じるようになってしまった。
 愛華は別にハンバーグが好きだというわけではなかった。むしろ母親が作ってくれたハンバーグはいつも焦げ目があり、香ばしさというよりも焦げ目のきつい匂いが漂っていた。
 ハンバーグに限らず、焼き物の料理はいつも焦げ目があった。
「食事というのはそういうものだ」
 と思っていたので、友達の家で前に食べた食事に焦げ目がなかったことを不思議に感じたものだ。不思議には感じたが、そのことを友達の母親に確認することもなかったし、ましてや自分の母親に聞いてみるような愚弄なことはしなかった。
 ハンバーグの匂いを感じると、急に日が暮れてくる気がしてくる。実際にハンバーグの匂いを感じると、暗さが増してきて、今度はさっきまでなかった風を感じるようになっていた。
 夕凪といyのが、夕方の風がピタッと止まる時間だということは何となく知っていたが、実際に知ることになったり、こんなに時間の短いものだとは思わなかった。長くても十分ちょっとくらいで、下手をすれば、数分で夕凪という時間が終わってしまうような気がした。
 天候によってだが、夕凪という時間がないこともあるような気がした。雨が降ったり、日が照っていない時であれば、夕凪を感じることもない。もっともそんな時は公園に佇むこともなく、ハンバーグの匂いを感じることもない。愛華にとって、夕方の天気は重要だったのだ。
 気だるさを最初はあまり気分のいいものだとは思えなかった。風が吹かない時間ということもあり、身体に熱が籠ってしまい、汗も掻かない時間だと思っていた。しかし、夕凪の時間に慣れてくると、汗が滴るようになってきた。
 汗を適度に掻いてくると、夕凪がおわって風が吹いてくるようになった時に感じる心地よさに身を委ねることが、気だるさを少し和らげてくれるような気がした。
 愛華は夢を見ているような錯覚に陥ることもあった。その頃はまだ夢に対して造詣が深かったわけではないのだが、夕凪とハンバーグの思い出が、その後の夢に対しての考えに影響を与えたことは間違いない気がした。
 あれはいつ頃のことだっただろうか?
 愛華が公園に立ち寄るようになって二か月くらいのことだった。最初に立ち寄ったのはまだ少し暑さが残る頃だったが、すでに木枯らしを感じるくらいの時期になっていて、夕凪の時間も一時間近く前に繰り上がっていた。
 公園で一人で佇むのも、まわりに馴染んでいることを意識し始めた時、最初はまわりに同化した感覚で、人が自分を意識することもないだろうと思っていた。
作品名:心理の裏側 作家名:森本晃次