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心理の裏側

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 自分もまわりを意識しないようになったのもこの少し前くらいだっただろう。最初は自分がその場所に馴染んでいないという意識が強かったからか、やけにまわりの目が気になっていた。誰がいるのかということよりも、自分をどんな人が見つめているのかが気になってしまった。実際にこちらを見ていると感じられるのは全員だった。ただ不思議なことは皆が一緒にこちらを見つめているわけではなく、誰か一人だけが見つめているのだ。一人が見つめている間は他の人の視線は明後日の方向を見ていて、愛華と目が合うこともない。愛華が想像していた状況とは、少し違っていた。
「こんにちは」
 ふいに声を掛けられた時、どこから声を掛けられたのか一瞬分からなかった。声を掛けられて我に返ったことで、どこを見つめていたのか、何を考えていたのかなど、それまでの意識が完全に飛んでしまっていた。
 一度瞬きをすると、目の前に一人のお姉さんが佇んでいて、逆光だったので、顔の表情は分からなかったが、声の感じから、お姉さんであることと、そのお姉さんの声が震えていたことで、緊張しているのが感じられた。
「こんにちは」
 愛華も見上げるように呟くと、今まで逆光だった光が翳ってきて、その顔の表情が明らかになった。
 最初に感じていた通り、緊張を垣間見ることができたが、笑顔が浮かんでいたのを見て、なぜか愛華はホッとした。声を掛けてきた相手が緊張していると思うと、気を遣ってしまうのではないかと感じたからだ。
 愛華は彼女の顔を凝視したが、それでも笑顔を変える様子がなかったので、緊張が一瞬だけだったと気が付いた。愛華の顔を見て今度は包み込むような表情に思えたことが、自分をホッとさせる気分にさせたと感じた。ここに来るようになって二か月ほどだという意識の元、今までに会ったことがあったのかを思い起こしてみたが、記憶の中にはなかったということしか思えなかった。そんな相手にふいに声を掛けられたのだから、どうして声を掛けてきたのか理由を聞いてみたいという気持ちはなかなか消えなかった。
「どこかでお会いしたことなかったですか?」
 とそのお姉さんは出し抜けにそう言ってきた。
 愛華は、初めて見た相手だったので、正直に、
「いいえ、初めてだと思いますけども」
 と答えた。
 あまりにもアッサリと答えた自分にあっけにとられたが、相手もガッカリした様子ではないので、
――ひょっとすると気が合うかも知れない――
 と感じた。
 お姉さんは表情を変えることはなかった。包み込むような表情だと感じたのは、本当は最初からではなく、表情に変化を感じなくなってからだったような気がした。ただホッとした気分は最初からで、愛華はその時、
「以前にも会ったことがあったのかも?」
 と思ったのかも知れないが、先に相手に指摘されて、そのことがまた意識から飛んでしまったような気がした。
 お姉さんは愛華をじっと見ていたが、
「私の勘違いだったかも知れないわね」
 と、愛華の方でも、
「以前にも会ったことがあったかも?」
 と思った瞬間だっただけに、相手に翻弄されそうな自分を感じた。
 お姉さんは言葉を続けた。
「どこかで会ったような気がしたのはね。夢で見たような気がしたのよ。今までまったく忘れていたんだけど、あなたの顔を見ているうちに、それが現実ではなく、夢でだったと思うようになってきたのね」
「夢って、覚えているものなの?」
 その頃の愛華は、夢に対してあまり意識したことはなかったが、
「見た夢は覚えられないものだ」
 という意識を持っていた・
 愛華が夢について意識するようになったのは、このお姉さんとの出会いが大きく影響してくるのだが、その時はまだよく分かっていなかった。
「夢を覚えていることの方がレアだと思うの。でも、覚えている夢には法則性があるんじゃないのかしら?」
 愛華にはピンとこなかった。
「私は夢を見たという意識はあるんだけど、それが怖い夢だったのか、それとももう一度見てみたいくらいのいい夢だったのか、ハッキリとしないのよ」
 というと、
「夢を思い出そうとはしてみるのね?」
 と聞かれたので、
「いえ、思い出そうという意識はないんだけど、どうして覚えられないのかという疑問だけは残っているんですよ」
 と言った。
 こんな難しい話を今まで誰かとしたことはなかったが、本当はこういう話ができる相手をずっと探していたような気がする。それだけにまわりの同級生の話を聞いていると、低俗に感じられることから、あまり人と関わらなかったのは、まわりが自分を遠ざけていたわけではなく、こちらから相手にしていないということを、いまさらながら感じていた。
 まるでロウソクの火が、最後の力を振り絞って輝いているかのような、西日の明るさが愛華の目を刺していた時、遠くからもう一度クラシックの音楽が聞こえてきた。
 午後五時にも鳴るクラシックの音楽が、午後六時にもなるのだが、最近は二度目の音楽を聴くことはなかった。なぜなら、最近は日が落ちるのが早くなってしまったせいで、午後六時というと、ほとんど夜のとばりが下りていたはずである。
――どうして今日はこんなに日の入りが遅いのかしら?
 と、明らかに昨日までとは違う状況に愛華は戸惑っていた。
――今のこの瞬間こそが、夢なのかも知れないわ――
 と感じた。
 夢では音楽のような音であったり、色であったり、その他、感情に触手するものは感じることはないと思っていたはずなのに、どうして音楽を聴いたことで、夢を思い起こすことができたというのだろう。しかも、公民館から聞こえてくる音楽は、普段でもどこから聞こえてくるのか分からないほどボヤけた音であるにも関わらず、夢を意識したということは、夕方と五時、六時の時報であるかのような音楽とが密接に結びついていることを証明しているかのようだった。
 それにしても、自分は会ったことがないと思っている相手が、自分のことに見覚えがあると言って現れたことは、何を意味しているのだろう。愛華は学校でも友達がほとんどおらず、家庭環境の中でも孤立しているイメージだった。お姉さんは高校生か大学生くらいであろうか。小学生の愛華には、年上の年齢を想像することは難しかった。
 お姉さんは、愛華のことを夢で見たような気がすると言った。相手に夢であったような気がすると言われると、愛華も相手と会ったことがあったのだとすれば、夢の中だったのではないかと思うようになった。
 夢については、今までにもいろいろと考えたことがあった。普段からいつも何かを考えているところのある愛華にとって、夢というアイデアは結構な割合で発想を豊かにしてくれたアイテムだったような気がする。
 その時にどんな発想をしたのかということは、我に返ってみると忘れてしまっていた。考えていた時間も、思っているよりも相当な時間が掛かっていて、自分の中で五分ほどの時間だとしか思っていなくても、時計を見ると三十分以上掛かっていたことも稀ではなかった。
「我に返った」
 という表現は、我ながら的確な表現だと思っている。
作品名:心理の裏側 作家名:森本晃次