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心理の裏側

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 誰かに聞けないものだから、疑問はずっと疑問のままだった。しかし、いつの間にか、それまで思っていた、
「夢には自分以外の誰も出てくるわけはない」
 という思いが次第に思い込みに過ぎないということを理解してきていることに気付いていた。
 気付いたことを意識し始めた時は、すでに思春期に入っていた。初潮も迎えていて、胸の張りもすでに、
「大人のオンナ」
 への階段を、着実に上っていることを示していた。
 ただ、まだ自分の夢に誰かが出てきたのを認識したことはなかったのだ。
 その頃になると、
「夢を見ていたのに、その夢を見たということすら覚えていない」
 という感覚を覚えたような気がしていた。
 それまでは、夢を見たという感覚のない時は、夢を見ていなかったというだけのことだと認識していた。夢を覚えていない、あるいは忘れてしまうという感覚が、愛華の中にはなかったのだ。
――やはり私って、傲慢なのかしら?
 夢に疑問を持つことは夢の世界への冒涜であり、冒涜を感じている自分は、傲慢なのではないかと、愛華は感じていたのだ。
 夢を見ていると、時系列とは別に、スピードの感覚もマヒしているような気がしていた。一生懸命に走っていても、なかなか辿り着けないという感覚を味わったことがあった。まるで水の中を必死で漕いでいるような感覚である。
 じれったさからか、額から汗が垂れていた。その汗は熱くも冷たくもなかった。ただ、肌を伝う気持ち悪さだけが印象に残っていた。
 愛華は自分が見た夢の中で覚えているものと覚えていない夢の区別について、今までに何度か考えたことがあった。覚えている夢は、
「もう一度見たい」
 という夢であったり、
「もう二度と見たくない」
 と思える夢の両極端だった。
 もう一度見たいと思うものは、その続きを見たいのであって、ちょうどいいところで目が覚めてしまい、目を覚ましたことに後悔が残ってしまった夢である。
 目を覚ましたのは本能のようなものだから、自分が悪いわけではない。今まで後悔することというと、自分が何か悪いことをして、それを懺悔するという意味での後悔しかないものだと思っていたが、ちょうどのところで夢から目覚めてしまって自分が悪いわけでもないのに襲ってくる苛立ちを、誰にもぶつけることもできず、自分にぶつけるしかない状態に戸惑いを感じることも後悔というのではないだろうか。これも夢の一つの特徴なのかも知れない。
 もう二度と見たくない夢というのは、愛華にとって本当に怖い夢で、目が覚めてからもその呪縛から逃れられない状態をいう。本当に怖い呪縛に包まれた夢で一番印象に残っているのは、
「もう一人の自分が出てくる夢」
 であった。
 もう一人の自分は夢の中の主人公ではない。その夢の主人公はあくまで愛華自身であって、夢の中で愛華は自分が主人公を演じているのを理解していた。
 つまりは、夢を見ているということを、最初から理解していたのかも知れない。夢を見ているという意識を持ちながら、夢の中での成り行きに任せているところがあった。
 愛華が自分で夢を見ていると感じることはそれまでにも何度かあった。そのすべてが怖い夢であったり、もう一人の自分が出てきたりするという夢ではない。むしろ怖い夢やもう一人の自分が出てくることはレアであった。
 愛華は、夢を見ているという意識があった時、
「夢の中なのだから、何でおありだわ」
 と、感じていた。
 しかし、実際に何でもできるどころか、潜在意識が邪魔をするのか、人間にできないことは夢の中とはいえど、できるわけはないと思っているのだ。だから、余計なことはしない。夢の中のストーリーに身を任せるようにしている。
 怖い夢というのが、そのままもう一人の自分が出てくる夢だということに気付いたのは、最近のことだっただろうか。思春期になると、特にもう一人の自分が夢に出てくる頻度が高くなったように感じた。
 主人公の愛華は、夢の中で誰かと一緒にいたのだろうが、途中で誰かが自分を見ているという意識を持った時、それが夢であるということを確信する。自分を見ているのはストーカーでも何でもない。もう一人の自分なのだ。
 もう一人の自分は夢に最初から出てきていたような気がする。気配を消し、呼吸も止めているので、どんなに近くにいても愛華には気づかない。
――ひょっとすると、他の人なら気付くのかも知れないわ――
 と思った。
 他の人にもう一人の愛華がどのように映ったのか分からないが、愛華を意識している素振りを感じさせないような雰囲気なのかも知れない。
 だが、愛華にとっては、どんなに近くにいてももう一人の自分の存在に気付くことはない。彼女は自ら光を発することのない星のような存在で、目の前にいてもその存在は保護色に包まれたかのように意識することはできない。
 それがもう一人の自分の能力なのだ。
 人間というのは、誰もが特殊能力を持ち合わせているという。脳の機能の数パーセントしか使っていないと言われているが、もう一人の自分が存在し、使いきれない部分の脳の機能を使っていると考えると、もう一人の自分という存在もまんざらな発想でもないような気がする。
 ただ、もう一人の自分というのは、本当の自分とは同じ世界では存在することはできない。もう一人の自分の存在が別次元の世界に存在しているからなのか、それとも次元は同じでも、時間差を持って存在しているものなのか、そのどちらでもない想像を超越した存在なのか、愛華には分からなかった。
 別に分かる必要はない。もう一人の自分の存在があるからと言って、愛華の日常生活に影響があるわけではない。ただ、思春期の微妙な心理的な変化に影響を及ぼすかも知れないと思うからだった。
 それが夢の中に出てくるもう一人の自分の存在であって、
「怖い夢を見た」
 と思うだけで、目が覚めるにしたがって、忘れていくのだった。
「目が覚める」
 という言葉と、
「眠りから覚める」
 という言葉、同じ意味なのだろうかと愛華は考えていた。
 目が覚めるというのが、目を開けた瞬間であるとすれば、違うものだと言えよう。しかし、故から現実に戻るという意味でいけば、眠りから覚めるという意味と同意語に感じられる。
 ただ、現実世界に引き戻されるというのが、
「夢から完全に覚めた時」
 という考えであるかどうか、疑わしい気がした。
 夢を見ている間でも現実世界に引き戻された感覚を味わうかも知れないし、現実世界に引き戻されてもいないのに、夢の世界から隔絶された時間も存在するような気がする。それは現実でもない夢でもない世界であり、愛華はそんな瞬間に、もう一人の自分が現れるのではないかと思うようになっていた。
「眠りから目を覚ますという時間が、人間にとって一番無防備な時間なんじゃないか?」
 という話を聞いたことがあった。
 確かに無防備と言えば無防備である。何しろ覚えていないのだから、防備しようにもどうすればいいのか、分かるはずもなかった。
 そもそも目が覚める瞬間に、防備しなければいけない理由がどこにあるというのだろう?
「夢というのは、目が覚める前の数秒で見るものらしい」
 という話も思い出した。
作品名:心理の裏側 作家名:森本晃次