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心理の裏側

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 近づいてくる気配はまったくなかった。やはり夢というのは、自分に都合の悪いことは意識させないようになっているのか、潜在意識がなせる業が夢だという根拠も分かるような気がする。
 夢の中では自分の発した声を意識することができるはずだと思っているが、それは夢の中だけのことであり、目が覚めてしまうと、何を言ったのか、記憶にもなければ、意識として思い出すこともないと思っている。だが、本能的に口から出てくる言葉だけは例外であり、
「わっ」
 という無意識な言葉は覚えているはずだと思っていた。
 ピエロの恐怖は次第に薄れていった。しかし、ピエロを意識しなくなったわけではなく、今度はピエロの別の顔を感じるようになった。
 ピエロとは、
「道化師」
 という別名があるように、その雰囲気や佇まいで、人に興味を持たせるのが特徴である。
 怖いというイメージは最初からあったのか、元来のピエロは怖さというよりも、道化としてのイメージの方が強いのではないだろうか。
 いわゆる昭和の時代であれば、
「チンドン屋」
 という言葉になるのだろう。
「サンドイッチマン」
 という言葉も聞いたことがあるが、どういう意味なのか知るわけでもなかった。
 パチンコ屋や商店街のお店の新装開店などで、宣伝に一役買う。ピエロ単独で行動することはなく、芸人一座のような数人の団体の中に、ピエロはいる。
 ひょうきんなパフォーマンスの中、笛を吹いている者、金具を叩いている者、役割はそれぞれだが、小躍りするようにして店のチラシを配るその様子は、ひょうきん以外の何物でもない。
 その中でもピエロはその隈取から、表情は分からない。ホラーなどではそれが恐怖を煽るのだが、チンドン屋としてのピエロは、あくまでもひょうきんでしかない。愛華はそんなひょうきんなピエロと恐怖を感じさせるピエロのどちらを最初に見たのか覚えていないが、最初にピエロというものを意識した時は、ひょうきんなピエロだったと思う。
 それだけに後から恐怖のピエロが、意識の中で記憶として、
「上書き保存」
 をしたようだ。
 ひょうきんさとは正反対なだけに、その距離はかなりのもので、それだけに衝撃は大きかったに違いない。ピエロというものを単純に思い浮かべようとした時、恐怖が最初に出てくるようになったのは、きっとこの時の衝撃が原因なのではないかと愛華は感じるようになっていた。
 ただ、愛華はおかしな発想を持っていた。
「ひょうきんなピエロも恐怖を感じさせるピエロも、結局は紙一重の発想なのではないか」
 というものだった。
 衝撃を与えるほどの正反対なものであるにも関わらず、同じ空間に存在しているが、それは紙一重であって、実際には交わることがなく、相手を認識できないようになっているところを他人事として見ていることから、まるで異次元の発想に似ているような感覚に陥るのではないかと考えていた。
 ピエロを含めた宣伝マンたちは、それぞれの楽器、楽器もどきで滑稽な演奏を続けている。それを音楽と言えるのかどうか、愛華は疑問だったが、音楽ではないが人を引き付けることのできる音は、それだけで音楽と同じ効果があるのではないかと思うようになっていた。
 ふとピエロが素顔を表すと、どんな顔なのか想像してみた。すると出てきたのは、子供の頃に公園で出会ったあのお姉さんだった。
「何もピエロが男である必要はない」
 言われてみればその通りであるが、女性だと思うと恐怖が倍増してくるような気がした。
――なぜ女性だと怖いと思うんだろう?
 と愛華は感じたが、
――自分が女性だからだ――
 と思ったのは、思春期に差し掛かったことで、大人に近づいたことを意識しているからであろう。
 ピエロの奥の顔と以前見かけたお姉さんの顔がシンクロした時、
――お姉さんの顔を思い出すことはできないが、表情は記憶の中にあるような気がする――
 という意識を持っていることに気が付いた。
 愛華は頭の中でチンドン屋を思い浮かべていると、彼らが演奏している音楽が聞こえてきたような気がした。そして愛華の顔を覗き込もうとしているピエロがすぐそばにいて、
「こんにちは」
 と声を掛けてきていることに気がついた。
 その声は記憶の中にあるお姉さんの声であり、ピエロの顔の後ろから光が差してきて、ピエロの顔を影として隠しているように思えたのだ。
「のっぺらぼう」
 顔が影になっているが、その表情が分かるような気がした。
 口元が怪しく歪んでいるのが分かったからで、その口元が耳の近くまで裂けているのに気付いた。
 その雰囲気を最初は、口裂け女のイメージで持ったのだが、次の瞬間、ピエロを想像した。
 後になって思うと、口裂け女へのイメージからピエロを想像することなどできっこないと思うのに、どうしてその時想像できたのか、愛華には分からなかった。
 そもそもピエロが声を出すという認識は、愛華の中にはなかった。もし声を出したとしても、それはまるでボイスチェンジャーを使ったかのような、
「振り絞る声」
 を想像するだろう。
 しかし、そのピエロは声を出した。しかもその声は知っている人の声だった。
 考えてみると、お姉さんを最初に見た時、
「以前にどこかで会ったような気がする」
 と感じたのを思い出した。
 どこかで会ったような気がすると思ったから、ピエロの声をお姉さんの声だと誤認したのか、それとも、お姉さんのイメージをその時たまたま思い出したことでお姉さんをイメージし、初めて出会った時に意識が遡ったことで、思ってもいなかったはずの、
「どこかで会ったことがあったかも知れない」
 という意識に結び付いたのか。
 もし後者だったとすれば、それは自分の意識の辻褄を合わせようとしているような気がして、その意識も愛華の中では十分にありなのではないかと思うのだった。
 愛華は明らかにそのピエロに見つめられていた。
「ヘビに睨まれたカエル」
 とは、まさにこのことだろうと思った。
 愛華は声も出ずにその場に立ち尽くしていた。ピエロはそんな愛華に覆いかぶさるように、まるで、
「壁ドン」
 でもしているかのようないでたちに、
――あれ? あのお姉さんって、こんなに背が高かったんだろうか?
 と、急に冷静になって考えている自分がいた。
 だが、少しするとお姉さんの背が高くなったわけではなく、愛華自身の身長が低くなっていることに気が付いた。
――どういうことなの?
 理由が分からなかった。
 すると、表情がないはずのピエロの顔が少し変わったような気がした。それは同じ不気味な笑顔なのだが、どこかが微妙に違っている。ピエロの感情に変化が見えたということであろうか?
 ただ、ピエロの表情が変わったと思った瞬間に、愛華はピエロの身長が高いことに気が付いた。同時だったこともあって、一瞬頭が混乱した。
 その混乱も冷静さを取り戻すと、違った発想を呼ぶもので、その発想が正しいか正しくないかなどということは、この際関係がなかった。
――そうだわ。ピエロが大きく感じられたのは、ピエロが大きくなったわけではなく、私が小さくなったんだ――
 と思うと、ピエロの表情が変わったことも何となく分かった気がした。
作品名:心理の裏側 作家名:森本晃次