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短編集70(過去作品)

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「分かってもらおうなどとは思わないけど、お前には黙っていたくないと思ったんだ」
「どうして?」
「お前が死んだお母さんに似てきたからさ」
 それが外見が似てきたのか、それとも性格を含めたところの雰囲気が似てきたのか、聞く勇気もなかったし、聞こうとも思わなかった。私は母に対して気の毒な女性だというイメージがあるだけで、なるべく考えないようにしてきた。
――それを今さら何を言っているのか――
 と、怒りがこみ上げてくるくらいだ。
 追い打ちをかけるように、
「お父さんは、あの時、実は不倫をしていた。お母さんも知っていたと思う、お母さんが嫌いだったわけではないんだが、会社でのストレスはとても家庭で解消できるものではなかった。お父さんが甘い誘惑に負けたといえばそれまでだが、お母さんを見ていると、却ってストレスが溜まった。嫌なことでも自分の中で黙殺しようとしているのを見ると、無性にイライラしたんだな。それが本当は自分に対しての苛立ちだって気付いていなかったので、お父さんは癒しを表に求めてしまった。すべて言い訳でしかないが、これも男の性のようなものだ」
「そんなの都合がいいだけじゃない」
「そう思われても仕方がないが、そのおかげで今のお父さんは、夢も希望もなくなってしまった。毎日を漠然と生きているだけなんだ」
 私もスナックでアルバイトをする前であれば、この話を聞かされて、戸惑いから精神的に揺らいでいたかも知れない。自分について考えたこともない私は、すべてを計算で補おうとする。
――人生なんて割り切れるものではない――
 そんなことも分かっているのに、昔からのくせで割り切ろうとしてしまう自分にたまらない思いを抱いていた。
 スナックで人と話をしているうちに少しは計算できないことも理解できるようになってきたが、それでもなかなか昔からのくせは抜けないもので、理解できないことを理解しようとすると、どうしても計算に頼るところがあり、理解するまでに時間が掛かったりする。理解できればいいのだが、できないことも多く。愛想笑いでごまかすだけだった。そんな自分に嫌悪を浮かべている時、なるべくまわりに悟られないようにしようという意識が表に出ていないかどうかが、気になっていたのだ。
 何事も計算で片が付くことであれば、どれほど気が楽だったであろうか。ひょっとして私は、すべてを割り切れるものだということを自分の中で感じたいと思っていたことが、計算することで自分に納得させていたのかも知れない。そういう意味で、答えが一つではなかったり、何もないところから一つ一つ考えていかなければいけないことには疎かった。本当は何もないものから新しいものを作り上げることが好きなくせに、実際にできるものではなかったのだ。
 できないからこその憧れもあったのだろうか。中学生くらいまでは理数系が好きだったが、高校に入る頃から数学が嫌いになった。元々中学時代も小学生の頃ほど好きではなかったが、露骨に嫌いになったのは中学に入ってからだった。高校に入ると今度は逆に芸術的なことが好きになった。何もないところから創造することに目覚めたと言ってもいいだろう。
 想像力の世界に足を踏み入れると、それまで考えたこともなかったことに頭が行くようになった、特に母の自殺の謎など、中学時代までであれば、思い出したくもない事実だったが、高校に入った頃からは、それを題材にしてミステリーを書いてみようかとさえ思ったほどだ。
 さすがにミステリーが書けるほど文芸に精通していたわけではないが、それでも勝手な想像は誰に邪魔されることなく、頭を巡らせることはできた。誰も人の頭の中まで見ることはできないのだ。そう思うと、少々してはいけないと思うような想像もできてしまったりする。
 計算ばかりしていたとはいえ、想像の世界とはかけ離れたものではない。一度頭が回転し始めると、想像力はとどまるところを知らない。自分の中で整理できないくらいに膨れ上がる想像力は、それ以降の自分の思考力に大きな影響を与えるのだった。
 大学生になって父から聞かされた事実は、想像力が豊かでなければ、到底耐えられるものではなかった。いくら大学生になったとしても、特に女の子の感受性はさらに高まっている。男性との違いを意識していないのも、さすがに父だと思えてくるのだった。
 父は、母が存命中から、私には、
――これが実の父親か――
 と思うほど嫌なところがあり、しかも自分とはまったく違っている。却ってホッとした気分になったが、父がどれほど身勝手な人間なのかということを思い知らさせるだけであった。
 自分と違っているところは、よく見えるものだ。自分と同じところは、なかなかハッキリとは見えてこない。それは人間には思い込みというのがあるからだ。同じようなところであっても、違う人間のすることなので、まったく同じというわけではない。それを同じものだとして見てしまうと、自分と照らし合わせてしまうだろう。自分に対して見る時はどうしても贔屓目に見てしまう。そのせいで同じではない部分が同じに見えてしまい、度数の合わない眼鏡を掛けているかのように、焦点がぼやけてしまって、すべてがぼんやりと大きくなってしまう。私の中でどこまで理解できるかは、まわりのぼやけた朧部分に目を奪われないかどうかに掛かっていると言ってもいいだろう。
 子供の頃、私は母よりも父に似ているところがあると思っていた。母が行方不明になるまでは少なくともそう思っていた。父と母が家の中で一触即発状態であった時でも、私は
母親よりも父親を見ていた。
 父が私を見る目が据わっていた時は、さすがに近寄りがたかったが、母に睨まれても臆することなく睨み返している父が、私には頼もしく見えたくらいだ。
 父と母の「冷戦」は三年くらい続いていただろうか。今から思えば長すぎるくらいだ。どちらかが離婚の話を持ち出せばすぐにでも話が進んでいったであろうと思うが、お互いに意地を張っていたのか、自分から離婚を切り出すことをしなかった。
 意地を張っていたと思うのは、二人には戸惑いのようなものがなかったからだ。少しでも戸惑いがあれば、相手の隙が見えたことで、離婚を切り出すことができたはずだからだ。それがなかったということは、お互いに見せた隙がない。隙を見せないことに終始したということは、それだけ相手に負けたくないという意地があったからに違いない。
 母が失踪したと聞いた時、私は驚いた。逃げ出すことはないだろうと思っていたので、すぐに頭に浮かんだのは、「不倫」という言葉だった。
 ただ母に「不倫」という言葉は似合わない。意地を張っているのなら、不倫をしたことで家を出ていくこともないだろうと思ったからだ。しかも、母との再会は、自殺という思いもよらない形で迎えたことは、さらに驚きだった。
 不倫であればまだ納得できたであろう。一緒にいた相手が、自殺志願者であったという話を聞き、
――何が母を動かしたんだろう?
 と思った。
作品名:短編集70(過去作品) 作家名:森本晃次