小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集70(過去作品)

INDEX|24ページ/35ページ|

次のページ前のページ
 

――まるでコウモリだわ――
 獣には鳥だといい、鳥には獣だと言って、それぞれの間をうまく生き抜いてきたコウモリ。だが、コウモリはうまく立ち回らなければ生きていけなかった。自己防衛のために与えられたからだであり、それを与えた者の意図がどこにあるというのかが、百合子にはずっと疑問であったのだ。
 自分もそのコウモリと同じだというのだろうか。もしそうであれば、自分は弱点を持った人間だということになる。弱みのない人間はいないとは思うのだが、自分にどこか決定的な弱みがあるとすれば、知っておきたいという衝動にも駆られる。
 しかし、それを知ることが本当に自分のためなのだろうか? 百合子にとって自分を知ることは、永遠のテーマである気がする。逆を言えば、知ってしまうと永遠ではなくなり、そこで一つの何かが終わってしまう。見つけなければいけないものなのだが、見つからないようにできているものなのではないだろうかと百合子は感じていた。
――私は決してレズビアンではない――
 この思いはコンプレックスとなって今でも百合子の中に渦巻いている。レズビアンと聞くと何か汚いものをイメージしてしまうのは、最初にレズビアンというものの存在を知ったときからのことだった。
 百合子のまわりには、どうしてこんなにもませた女の子が集まってくるのだろう? 小学生の頃もそうだったし、高校でも同じだった。元々が晩生の百合子のような女性にませた女の子が寄ってくるのは自然の摂理なのかも知れないが、それよりも男方の方が晩生なのが百合子には理解できなかった。
 性格的には間違いなく女である。男の部分が宿っているなど信じられない。性同一性症候群というのを聞いたことがあるが、男の部分が宿っているとは思えない。大人になった今でも女性だと思っているのだから、性同一症候群の可能性はないであろう。
――そんなに男っぽいのかな?
 男性から告白されることはほとんどなかった。付き合い始めても次第に男性の方から遠ざかっていくのがなぜなのか、今なら分かるような気がする。
 子供の頃から鏡を見ることがあまりなかった。高校生になって化粧を施すのに鏡を見ることがあっても、長時間鏡を見ることはない。長時間見ていると苦痛に感じられるのだった。
 鏡が怖くなっていたのだ。男は鏡を見ないものだという意識があり、それで見ないわけではない。鏡を見ていると、自分の顔が変わっていくように感じられる。元々男っぽいという意識から、自分の顔が嫌いだったが、華奢な身体も嫌いだった。明らかに女性の身体であるはずなのに、よく見ると喉仏が張り出している。
 弟がまだ小さかった頃、無邪気にも百合子の喉仏をいとおしそうにさすっていた。悪気もないので何も言えずにいるが、まわりの誰も百合子の苦悩など分かるはずもなく、弟の無邪気な行動を温かい目で見つめているだけだった。
 百合子もその時は顔を引きつらせてはいたが、そこまで深刻な気持ちはなかった。ただ、後から思い出せば相手が無邪気な子供だっただけに、腹が立ってくるのだった。
――怒りを見せるわけにはいかない状況に追い込ませるように仕組んだのは、一体誰なのかしら?
 顔が熱くなり、見えない力に自分が突き動かされているのではないかと思うことが悔しかった。
 それならそれで、男のように振舞ってみようと思った時期もあった。特に高校時代がそうで、まわりの男子には絶対に負けたくないという意識が強かった。勉強でも同じで、理数系に進んだのは、男子に負けたくないという気持ちが強かったからだ。もっとも今は理数系に進んだことが何の役にも立っていないのだった。
 進んだ理数系の大学では、思ったよりも女性が多かった。どこか変わった女の子が多く、お世辞にも男にモテるタイプの女の子がいないように思えたのだ。
 相手が生物だったり薬品だったり、やっていて、どこか精神に異常をきたすのではないかと思うほど、臭いはきついし、生物もグロテスクだった。
 女性ばかりではなく、男性もおかしな人が多い。今までの考えをひっくり返してみないと発想についていけない。最初から理数系だと決めて入学してきている連中に、動機が不純だった百合子などが太刀打ちできるはずもないのだった。
 百合子は、元々小食なので、痩せていて当然なのだが、一時期極端に痩せた時期があった。まるで骨と皮だけではないかと思えるほど、まわりがいかにも気持ち悪いといった目で見ていた時期があったのだ。
 精神的に欝状態であったり、大きな悩みがあったわけではない。しいて言えば、何か分からないが、苛立っていたのだ。まわりが自分の言うとおりにならないことにいまさらながらに気づいたのか、欝状態への入り口を彷徨っていたかのように思えた。
 百合子が高校を卒業する頃は、大人しい性格というだけであったが。大学を卒業する頃には、どこか気持ち悪さを伴っていると、人から指摘されたことがあった。
――何も本人の前で言わなくてもいいのに――
 と感じたが、その時に久しぶりに見た鏡に写った自分が、まるで別人のように見えたのだから不思議だった。
 そんな百合子のことを真里菜は分かっているのだろうか? 見るからに天真爛漫ではあるが、したたかなところのある真里菜は、計算高いのかも知れない。理数系を出ている百合子のような、加減乗除を考えの基礎に持ってきている人間とはかなり違ったところがあるに違いない。
 真里菜が百合子に惹かれているのは分かっているが、今までに百合子に憧れてきた女性とは少し違っているようだ。
 百合子を見る真里菜の目、あれは、百合子を慕っている目ではない。表面上は慕っているように見えるが、実は支配したいのは自分の方であった。自由に相手を操りたいという気持ちの強さは、男性のものというよりも、支配欲の強さから、サディスティックな目であった。レズビアンだと思っていると痛い目に遭いそうだったのだ。
 本当であれば、すぐに気が付くべきだったのだろう。しかし真里菜を避けようという気持ちが強ければ強いほど、慕ってくる真里菜しか見えてこない。正面から見るとレズビアン、側面から見ると、サディスティックな表情。それぞれが見え隠れしているのが当然なのだろうが、その二つが同居して表に出てくるというところがある。真里菜という女性の恐ろしさはそこにあるのだった。
 ただ、そんな真里菜が時々、百合子に対して怯えているのを感じることがあった。真里菜の正体に気付いてからは、それが錯覚だったのではないかと思うことで、怯えなどありえないと思うようになった。
 しかし、相変わらず真里菜の怯えは消えない。さらに間隔が短くなったようである。
――私が真里菜のことを看破したからかしら?
 と思ったが、それだけではないようだ。
 真里菜の怯えはサディスティックなモードに入った時にしか見られない。サディスティックな表情ほど、自信に満ち溢れたものはないように思うのだが、自信も一たび何かの影響で歪むと、自分の考えが根本から覆された気分になるのかも知れない。
作品名:短編集70(過去作品) 作家名:森本晃次