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短編集70(過去作品)

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 もちろん、他の女の子との間でエコ贔屓などあるはずはないが、少し気になるのは他の女の子がどのような目で見るかということだった。特に女性と間での嫉妬は醜いものがある。実際に味わったことはないが、話にはよく聞いている。スナックのような水商売では、今まで知らなかったこともいっぱい経験することになるだろう。その中でも愛憎絵図が渦巻く世界に飛び込んでしまったことを後悔しなければいいと思っていた。
 スナックで働き始めると、いろいろな人がいることにビックリさせられた。太っ腹で金払いのいい豪快な男性もいれば、絶えずお金の計算をしながらたまに通ってきてくれる青年もいる。もちろん、それぞれにお目当ての女の子がいるのだろうが、私を気に入って通ってくれるお客さんも何人かいるようだった。
 他の女の子はお客さんと同伴で来ると点数が上がるということで、店が暇な時など、よく店からも電話している。次回のことも計算しながらの行動には、頭が下がる思いであった。
 スナックでのアルバイトを始めたおかげで、父に余計な負担を掛けずにすんでいる。まだ弟は高校生なので、お金が入り用だ。弟の学費もバカにはならない。私だけでもしっかり独立することが急務だったのだ。
 スナックでのアルバイトは、思っていた以上にお金になった。親戚なので、少し安めかも知れないと覚悟はしていたが、他の女の子と比べても遜色はなかった。ありがたいことである。
 店に来る客も嫌な客がいるわけでもなく、特にママが選ぶ客を私に宛がってくれているようだった。真面目な人が多いのはそのためだったが、たまに能天気な客が来ると、女の子皆が相手をすることになり、場が明るくなって楽しかった。そんな客はお目当ての女の子がいるわけではない。皆同じようにお目当てなのだろう。
 おかげで、スナックでの時間はあっという間に過ぎていく。夜の八時からの出勤で、十二時までの四時間が基本的な勤務時間だった。お客さんと話をしていれば、あっという間に十一時過ぎになっていて、
「さやかちゃんと一緒にいると時間を忘れてしまうよ」
 と、嬉しいことを言ってくれる。
 私は店では「さやか」と名乗っている。好きな名前を名乗っていいということだったが、最初に浮かんだ名前が「さやか」だったのだ。別に好きな名前というわけではない。もちろん、嫌いな名前ではないが、なぜ「さやか」という名前が浮かんできたのか分からないが、皆気に入ってくれたようだ。ママにこの話をすると、
「何かしおりちゃんの中で、思い出のある名前なのかも知れないわね。ただ、その思いを自分では思い出せない。何か封印したい思いがどこかにあるんでしょうね」
 私には意識がなかった。過去のどこかに思いがあって、それを封印しなければならない思い出、なかったと言えばウソになるが、すぐにはピンと来ない。しいていえば、母が死んだ時の思いは、封印してしまいたいことであるにも関わらず、心のどこかで忘れてはいけないことだという思いに駆られるのだった。
 母が死んだ時、私のそばにはいつもおじさんがついていてくれた。スナックを営んでいるおばさんとは、兄妹に当たる。おじさんは私や弟が隅の方で震えているのをすぐに察知して、声を掛けてくれた。
「大丈夫だ。心配ない」
 そう言って、私と弟の肩を掴んで、正面で大きく頷いて見せた。不安な中で唯一安心感を植え付けられるもので、おじさんの頼もしさというよりも優しさを感じた瞬間だった。確かにおじさんは優しかったが、まわりの人に逆らえるタイプではない。それでも私たちの楯のようになってくれたことは、この上のない有難さだった。
 いつの間にか私の中で形成されていった男性のタイプが次第におじさんに似てくるのを感じた。ちょうど母が亡くなった時は、男性に対しての興味が出てくる頃だったので、最初に好きになったのが、おじさんのようなタイプであったとしても不思議ではない。
 母が死んで落ち込んでいる頃、つまり母への疑念が一番強かった頃には、私のそばにはいつもおじさんがいてくれた。遊びにも連れて行ってくれたし、落ち着いた気分の場所にも連れて行ってくれた。
「おじさんはね、趣味で絵を描いたりしてるからね」
 と言って、美術館や博物館にも連れて行ってくれた。私は絵にはあまり興味はなかったが、美術館や博物館の雰囲気が好きだった。
――どこかに雰囲気が似ている――
 と思ったが、それが街の大きな本屋であることに気付くまで少し時間が掛かった。
――どうしてすぐに気付かなかったのだろう?
 気付かなかったのは、雰囲気が似ているだけではなかったからだ。私が特に感じたのは、音の響きよりも、匂いだった。本の独特の匂いを美術館でも感じることができた。広い空間特有の匂いが本の匂いと似通っているのかも知れない。匂いが同じだと感じた瞬間、私は、
「本を書きたい」
 と感じた最初だったのだ。誰もが好きだという匂いではないだろう。しかしその場独特の匂いをここまでハッキリと分からせてくれるのは美術館であり、博物館であり、本屋であった。
 だが、不思議なことに、図書館だけは匂いが違った。本屋や博物館などとは違って図書館は入った瞬間から匂いを感じる。いきなり感じる強い匂いが少しずつ薄れてくるのが図書館で、場所の雰囲気から匂いが膨れ上がってくるように感じるのが本屋であったり美術館である。
 おじさんに連れて行ってもらった美術館、実は私にとっては生まれて初めてのものだった。高校に入ると学校からの美術鑑賞というのがあり、一日朝から美術館での鑑賞を目的としたものだった。現地集合現地解散なので、早めに行ってすぐに出れば、それ以降は自由時間となる。街に繰り出して遊びに行くものが結構いたりした。
 私はいつも一人で美術鑑賞を楽しんでいた。いつもならお金を払ってまで見に行っているのに、学校がお金を出してくれるというのだ。それほどありがたいものはないだろう。
 美術鑑賞のたびに、いつもおじさんを思い出していた。私が高校に入学する頃、おじさんは会社の転勤で遠くに行ってしまった。お盆か正月にしか帰ってこなくなったので、会える機会は減ってしまった。それでもメールや電話で時々話をするのが嬉しくて、私には遠距離恋愛をしているような気持ちがしていたのだ。
 おじさんは、三十代後半だが、まだ独身だ。
「おじさんは結婚しないの?」
「そうだね。二十代くらいまでは結婚したいって思っていたけど、今はそんなに思ってないよ。まあ、もっとも相手もいないけどね」
 と言って、大声で笑っていた。私もつられて笑ったが、この雰囲気がおじさんの最大の魅力なのだと思った。
 身長も百七十センチもないだろう。小柄なところが愛嬌があってよさそうに見えるが、大人の女性にはイメージが違って見えるのだろうか。それなら私は、
――大人の女性にはなりたくない――
 とまで思ったが、その時が一番おじさんを好きだと感じたピークだったのだろう。長く続かなかったのは、感覚が自分の中でバイオリズムを形成していることが分かったからであった。
作品名:短編集70(過去作品) 作家名:森本晃次