小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集70(過去作品)

INDEX|18ページ/35ページ|

次のページ前のページ
 

――私には絶対に無理だ――
 と思う。その理由にもいくつかあるが、一番大きな理由は私という人間が、一つのことに集中すると、他のことが見えなくなるからだ。話を聞いて理解しながら、話を理解し、相手の気持ちの分析までできるはずもなかった。
 母の話について佐竹さんはある程度分かっているのではないかと思えた。私を正面に見ながら、私の後ろで佇んでいる母の姿が見えているかのようだった。私と母が顔を合わせることはほとんどない。あるとすれば鏡の中の世界だけだ。鏡の中で正面に鎮座している私の後ろから覗き込んでいるその顔を見る時だけだ。
 その時の母は自分が鏡に映っているのを知らないのか。恐ろしい形相をしている。普段に感じる母の気配には、ここまで恐ろしくも憎らしい憎悪に満ちた雰囲気など存在しなかった。
――私に対して、何の憎悪があるというのだろう?
 母は私の知らないところで私に対して憎悪の念を抱いている。そう思っただけで気持ち悪くなり、恐怖が気配を飛び越してしまったのではないかと思うのだ。
 母は私に対して憎悪を抱いているわけではなく、むしろ私に近寄ろうとする悪い霊から守ってくれようとしているのかも知れない。
 いわゆる「守護霊」というものだろう。そういえば私に今まで悪い虫がついたことはない。数人の男女がいても、私に言い寄ってくる男性は少なかった。
――臆して近寄らず――
 と言った雰囲気が漂っており、そこには妖気じみたものがあったのは、疑う余地のないことだった。
 佐竹さんに対して、私は母の話をしてもいいと思うことは何度もあったが、そのたびに、佐竹さんの目が
――何も言わなくていい――
 と言っているようで、私がそれ以上口を出すことはなかった。
――話せば、佐竹さんなら、母の死の真相を突き止めてくれるかも知れない――
 と思う。
 私が知りたいと思っているのは分かっているのではないか。それなのに、私の口にチャックをするような素振りの目を向けるのだ。
「知らなくてもいいことだって、世の中にはあるんだよ」
 と、以前佐竹さんが話してくれた。それが母のことを言っているなど、その時は分からなかった。まだ店で何度かしか会ったことのなかった佐竹さんに、母の話を少しだけしたその時のことだった。
「私もね。何度死にたいって思ったものかな?」
 佐竹さんのセリフとは思えない。それだけ世の中が厳しいということか。私の考え込んだ顔を見た佐竹さんは、
「死にたいと思う時って、何かの菌にやられた時じゃないかって思ったりもしたよ。後で思うと、そんなことを考えた自分が信じられないと思うんだからね」
 一過性のものは伝染病であり、一度死にたいと思うと、免疫が逆に取れて、何度も繰り返すものだと話していた。
 私は母の死を思い出していた。
 母が失踪する前も何かに憑りつかれたかのように、空に犯し根言動を口走ることがあった。子供だったので何にことなのか分からなかったが。今から思えば、異常行動だったことがよく分かる。
 私の行動もひょっとすると、いつも誰かから影響を受けていて、受けている意識がないだけなのかも知れない。彼の影響、そして、一番大きなのは佐竹さんの影響。特に佐竹さんからは、絶大な影響を受けている。もし、今目の前からいなくなれば、途方に暮れるのは十中八九間違いないだろう。私の中にできた大きな溝は彼では補うことはできないのではないだろうか。
 子供の頃はやはり母の影響が大きかった。その母が急に失踪して、自殺した。信じられない思いがトラウマともなり、私の人生に大きな影響を及ぼした。他の人からすれば、そこまでのトラウマを抱え込むことはないと思うかも知れないが、私にとっては、人生にいくつかあると言われるターニングポイントの最初の一つだったのだ。
 それでも、しばらくすると、その時の私ほどひどい思いは残っていない。その時の自分がまるで自分ではなかったかと思うほどのショックがあった。
 まわりはすべて自分とは違っていて、時間が過ぎれば、同じ自分でも別人のようだ。その時の自分だけがまわりとも違っている。どんな心境だったのかを思い出すことも困難になっていた。
 それを私はトラウマだと思い、別人としての意識がなかったのだ。自殺した母も、そして母と一緒に死んでいた人も同じ心境だったのかも知れない。母のその時の気持ちを察することができる人がいるとすれば、その時の私だけで、それは感受性の強さと、子供ゆえの母親に対しての純粋な気持ちがあったからだろう。ただ、皮肉なことに子供には理論が分からない。自殺への心境をまわりから見ることができないので、信じられないと思ってしまうと、それ以上の発想にはならないのだ。
 結局、分からないようにできている。そのために私にはトラウマが残り、トラウマはまわりからの孤独だけに見えていたのだ。
 ここまで分かってきたのは、佐竹さんのおかげだ。私が鏡の中を意識するのも、トラウマが鏡の中にあって、鏡がなければ、自分を見ることができないという表に現れた事実が、うちに秘めたものにも影響していることに気付いたからだろう。
 佐竹さんにいろいろな人を見てもらって、話を聞く。すると、その中で私の中にあるトラウマに対して無意識にでも触れることで救われるのではないかと思ったのも事実だ。
――佐竹さんが父親だったらいいのに――
 と思いかけると、思わず首を振った。実の父を思い出したからだ。情けなさだけが表に出ているが、どうしても憎めないのは、肉親だからだろうか。佐竹さんに対してはそんな思いをしたくない。そう思ったのが、佐竹さんを父親として見ることができないという一番の理由だった。
――やっぱり、誰か慕う人がいないと生きていけないんだ――
 今さらながらに感じた私だったが、いつまで一緒にいられるか分からない佐竹さんを想い、いずれは一人で生きていく自分に思いを馳せるしおりだった……。

                  (  完  )


作品名:短編集70(過去作品) 作家名:森本晃次