短編集70(過去作品)
というくらいで、それも完璧に近い証拠であった。いや、最初に鏡を感じたからこそ、その後の態度がすべて完璧に見えるに違いない。
みゆきは勇作よりも二つ年上ということだった。落ち着きを感じるのは年齢のせいもあるのだろうが、年齢だけではない。確かに今日は私にお披露目ということもあり、二人とも緊張しているのは見て取れた。だが、その中でも必死で落ち着こうという弟に対して、みゆきは最初から涼しい顔をしていた。まるで前から知り合いだったような気がするくらいの落ち着きに私は騙されているのではないかとさえ思うほど、不安を覚えたのだ。
私と彼は同い年だが、彼を見ていて子供のような素振りに新鮮さを感じていたはずだったことを思い出した。今は新鮮さというよりも、それが当たり前、男は子供@@おいところがあるということを悟ったと言ってもいいだろう。あの佐竹さんにだって子供っぽいところはある。もし、佐竹さんと彼が同じ空間で話をしているとして、それを私が二人には見えないところで静かに見ているとすれば、どちらに優劣があるかは、一目瞭然だ。
――彼には彼でいいところがある。それは私じゃないと分からないところ――
と思っていたが、それは同時に彼の本当の子供っぽさを知っているのも私だけだということの裏返しでもあった。
みゆきの顔が脳裏に浮かび上がってくる。無表情だったあの表情しか浮かんでこない。明るい顔を打ち消してしまうほど無表情さのインパクトが強烈だったのだ。
私は彼と佐竹さんを天秤にかけてはいけないと思っている。二人は違う次元の人間で、私がその二人を結びつけてはいけないのだ。ただ、この発想はあうまでも私が自分中心の考えであって、二人からすればいい迷惑なのかも知れない。
特に彼は私に一途なだけに余計に佐竹さんの存在を知らせるわけにはいかない。存在を知っていてもいいが、それはあくまでもホステスと常連客の関係というだけで、それ以上でもそれ以下でもないことを分かってもらう必要があるだろう。
その時二人はお互いのことを知らないでいる。佐竹さんには、私に彼がいることは伝えている。佐竹さんに近づく最初の条件として自らの課題は、彼がいることを説明してからでないと、フェアではないと思ったのだ。
フェア、アンフェアという考え方は、お互いの関係を強引にでもつけてしまおうという思いが強かったからだ。
私は彼を佐竹さんに会わせてみようと思った。佐竹さんが彼に会ってみようと言ってくれなければ実現しないが、佐竹さんなら、正直に話すことで大丈夫だろう。問題は彼の方だった。どう言えば彼も納得して佐竹さんに会ってくれるだろうか。それが問題だった。
――私の親戚だと言おうか?
いや、親戚だなどというと、まるで私が彼を試しているのがバレバレだ。親に会わせるのはまだまだ先だと思っているので、ここで親戚が出てきてしまっては、いくら信用できる親戚だと説明したとしても、親にいつ漏れてしまうか分からない。それを思うと、親戚に会わせるという理屈はおかしなものだ。
一番いいのは、偶然を装って、喫茶店で偶然出くわすのが一番いいだろう。元々私と佐竹さんが再会した場所はクラシック喫茶だったではないか。彼もクラシック喫茶の愛好者である。偶然を装うには最高だ。
ただ、佐竹さんに、偶然を装うという出会いの最初からわざとらしさがあるのに、わざとらしさを自然なこととして対応ができるのかどうかが疑問だった。彼くらいになると少々のことでは心配はないが、私とのことであるとすれば、他人事のように、うまくいくであろうか。
佐竹さんは私が思っているよりもずっと大人だった。危惧していたことをすべて分かってくれていて、場所を最初に出会ったクラシック喫茶にしてくれた。
「ここで私と偶然出会ったことを正直に話せばいいと思うんだ。ウソではないし、ボロが出ることもない。それに何よりも彼には安心してもらいたいんだろう? 彼がどんな人か、私が見るというのが、しおりの目的なんだろう?」
すべてお見通しの佐竹さんに対し、私は何も言えなくなってしまった。
「いいんだよ。しおりの方がらすれば、それくらいのことを考えても当然だからね。私もしおりのことが好きだけど、しおりが幸せを掴むことの邪魔はしたくないんだ。いい人が現れたら、私はキチンと身を引くからね」
と言ってくれた。
クラシック喫茶で再会する前、まだ佐竹さんに対して特別な思いを抱く前に、お店での会話の中で、私には彼氏がいることは話していた。お互いにおかしな気分になってしまわないようにという気持ちがあったからで、それだけその時から、佐竹さんに対して特別な思いを抱くかも知れないと思っていた証拠であろう。
クラシック喫茶での会話の中で、
「しおりちゃんには、確か彼がいるって聞いていたけど、今はどうなんだい?」
「いますよ」
というと、表情を変えずに頷いていた。佐竹さんの聞き方一つにも心遣いが感じられた会話だったが、
「今は」
という聞き方が私には嬉しかった。普通であれば、
「彼がいるって聞いていたけど、ウソじゃないよね?」
という聞き方であってもしかるべきで、それだと、私の作為を言及することで、追いつめるようにも聞こえる。作為に触れることなく「今」を強調してくれたことは、佐竹さんの心遣いに他ならない。
佐竹さんとの間で入念な打ち合わせはしなかった。
「下手に小細工すると、二人のうちのどちらかぎこちなくなってしまわないとも限らないだろう? 特にシナリオと少しでも違うセリフを言ったりすると、緊張度が一気に高まって、頭の中が真っ白になってしまうんだ。そうなると、下手にシナリオを作っておくと、相手はどうフォローしていいか分からずに二人ともがパニックに陥ってしまうなんて最悪なこともあるからね。ある程度アドリブが言えるほどのアイドリング状態を作っておかないと、うまくいくものもいかなくなるさ」
話を聞いているうちに、
――なるほど、もっともだ――
と思った。押すだけではなく、引くところはしっかり引かなければならない。その思いを佐竹さんは私に伝えようとしてくれているようだ。
彼と私がいるところに、佐竹さんが偶然を装うというシチュエーションだった。
「新しいクラシック喫茶を見つけたんだけど、行ってみない?」
と、彼を誘った。彼は、私のいうことにほとんど逆らうことはなかった。付き合い始めてから、考えてみれば彼が嫌だと言ったことはあまりなかった。時々私はそんな彼を見ていて、
――逆らわないことに自分の中だけで満足感を味わっているのかも知れない――
と思っていた。
そのことも佐竹さんに話してみたが、
「それは往々にしてあるかも知れないね。自己満足の一種で、その気持ちは、彼女を好きだというよりも、まわりに、『自分は彼女がいるんだ。どうだ、羨ましいだろう』という思いを抱いている人なのかもね。自分のことよりもまずは彼女のことを想っているんだという姿勢を自分の中の優劣としているということは、それだけ自分の気持ちより、まわりからどう見られるかということで感じる気持ちがその人にとって一番なんだろう」
作品名:短編集70(過去作品) 作家名:森本晃次