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短編集70(過去作品)

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 自立したということなのだろうが、就職浪人しているとはいえ、私も自分なりに頑張っている。もちろん、へこたれそうになることもあるが、父に頼りたくないという思いが強く、自分の身近な人を冷静に見ながら行動するようにしている。私にとってはママさんであり、佐竹さんであった。
 弟にもそんな人がいればいいのにと思うが、今まで彼女の一人もいたことのない勇作には難しいかも知れない。私から見ても個性的過ぎる勇作に、彼女ができるかが心配でもあった。
 店の扉が開いて入ってきた勇作を見た時、その心配は取り越し苦労であることが分かった。今までに見せたことのない笑顔を見せる勇作に私も笑顔を見せていた。
 すぐには気付かなかったが、勇作から少し離れて一人の女性が入ってきた。二人が知り合いだということは勇作だけを見ていたということを差し引いても気付かなかったのは、勇作との距離を一定以上に保っていたからだ。もし恋人同士であるならば、もう少し寄り添っていてもいいだろう、その方が意地らしくも見えたりするからである。
「お姉ちゃん、待たせたね」
 と言って、私に近づいてくる勇作を見てはいるが、最初の距離を縮めようとはしない。勇作が立ち止まったらその瞬間に彼女も立ち止まった、まるでこれ以上近づいてはいけないという距離が二人の間にあるかのようだった。
 違和感はそれだけではない。彼女の表情が微動だにしないところだ。少なからずこちらを見て、軽くでも会釈をするものだろうが、どうも顔を合わせるのを躊躇っているようで、その心がどこにあるのか、すぐには分からなかった。
「どうしたの、勇作。急に呼び出すからビックリしたじゃないの? 学校で何か問題があったの?」
 と、勇作が言う前にこちらからカマを掛けてみた。すると、ちょっと困ったような表情になり、
「実は」
 と口を開いた。
 私がカマを掛けたことは勇作には分かっているだろう。私がカマを掛ける時というのは、
――ちゃんとハッキリ言いなさい――
 という言葉の裏返しでもあった。それは勇作が中学の頃から私との会話の「お約束」のようなものだった。
「俺、この人とお付き合いすることになったんだけど、お姉ちゃんにも一度会ってもらおうと思ってね」
 勇作が一番頼りにしているのは私だということはよく分かっている。誰からも頼りにされたことのない私も勇作が相手だと的確なアドバイスを送ることができるし、勇作も私のアドバイスを忠実に守り、今まではそれが功を奏してきた。ただ、初めて連れてきた彼女に私がどのようなアドバイスを送ればいいか、実は以前から考えていた。
 いずれは弟も彼女ができるだろう。そうすれば必ず私に会わせるに違いない。その時のどのように言えばいいのかが悩みだった。相手がハッキリと分かっていないので、予行演習のしようもない。
 そうは思っていたので、その場面が訪れるとすれば、必ず「いきなり」のはずだ。私に話があると言って待ち合わせをする時、最初の電話で詳細を話すはずがない、もし話していればお互いに待ち合わせまでの間に構えてしまって、ぎこちない再会になるだろう、最初からぎこちないよりも、いきなり話をしてからの方がいいと考えたのだろう。これは勇作だけではなく私も同じ思いだ。
 勇作の言葉は力強かった。開き直りというか覚悟はしてきた証拠である。そういう意味でもいきなりの方がよかったに違いない。
 それでも姉としては、驚いてあげないといけない。
「何よ。いきなり言われてもお姉ちゃんビックリするじゃないの」
 と言ってはみたが、言葉に余裕がある。相手が開き直りで言った言葉に対して余裕を持って答えてあげる方が親切なのではあるまいか。
 勇作はテーブルの対面に座った。彼女は相変わらず突っ立っていて、何も言わない。
 勇作が顎で座るように制すると、やっと座ったのだ、
 相変わらずの無表情だが、少し分かったことがあった。
 彼女は絶えず無表情で、距離を一定以上に保っている。勇作が諭さないと、自分からは行動しない。この行動パターンは誰かに似ていると思っていたが、すぐには思い浮かばなかった。だが、これだけの行動パターンで少しずつ分かってきたような気がするのだ。
 彼女は、なるべく自分の気配を消そうとしている。それは無表情なことから分かる。それなのに、却って目立っていることに気付いていない。それは距離を勇作から一定以上に保っていることで分かる。また、自分の気持ちを表に出さない性格であると、相手に思わせたい。それは、自分から行動しないことに現れている。要するに彼女は、目立たないようにしながら目立っていることに気付かず、自分の気持ちを表に出さないように悟らせたい。自分の中だけで個性的な人間を作り上げているのだった。それがどのようなイメージを相手に与えるかを分かりもせずにである。
――これって、私と同じような考えじゃないだろうか?
 今の私ではない。少し前の自分である。今の自分であれば、人の性格を見て、自分の性格に辿り着くなど不可能なことである。
 私は少し焦っていた。まるで鏡の中からもう一人の自分が現れたような気がするからだ。
 私は以前から鏡の中にも自分がいて自分と左右対称な世界を生きているのだという仮説を立てたことがあった。異次元の世界として左右対称の世界が存在する。もう一人の自分が、そして自分以外の人たちもすべてが存在しているのだ。同じ世界であれば、見ることができないのは自分の姿だけである。
 あくまでも仮想世界の出来事だが、自分と同じような人がいるとすれば、それは鏡の中の世界のように、自分が見えている部分だけが左右対称に思えるのだ。片や右であれば左であり、善であれば悪、明であれば暗……。だから、もしそんな人が現れれば、絶対にビクビクするに違いないと思っていた。相手は無表情で、私だけに左右対称の部分を知られたくないようにするはずだからである。
 だが、私が怯えなければいけないのは、そこまでだった。勇作に促されて座ると、彼女の表情は明るくなった。何が彼女を変えたのか分からないが、入ってきた時の人と座ってからの人はまるで別人だった。
「飯田みゆきと言います。宜しくお願いします。お姉さん」
 と自分から深々と頭を下げた。それを横目で見ながら勇作が満足そうな表情を浮かべている。きっと十中八九反対されることはないとタカをくくっているに違いない。
「姉のしおりです。こちらこそ、どうぞ宜しくお願いいたします」
と頭を下げると、こちらが頭を上げても、まだ頭を下げているほど、礼儀正しい女性であった。
 なるほど、これなら私が反対するはずなどないと思われても当然である。私が弟の立場なら、万に一つの間違いでもなければ反対されないと思うかも知れない。だが、しおりは最初のみゆきの態度が気になって仕方がない。なぜ自分を映す鏡がそこに存在したのか、私には分からなかった。
 何か虫の知らせのようなものがあるのだろうか。みゆきの態度は挨拶をしてから、二人が帰っていくまで変わったところなど何もなかった。明るい女の子でしっかりしたところもあり、非の打ち所がない女性であった。しいて言えば
「欠点のないところが欠点」
作品名:短編集70(過去作品) 作家名:森本晃次