電子音の魔力
ただ、朝鮮は意外としぶとい、それまでにフランスが開国を迫って侵略を計画したが失敗しているという歴史があった。
日本は、それでも何とか開国させ、朝鮮を独立国として世界に認めさせようと試みる。朝鮮を属国とみなしている清国にとっては、当然容認できることではない。ただ、当時の清国は列強に食い物にされていて、日本といきなりの戦争をするのは難しかった。
日本は、朝鮮半島にて開国派の連中にクーデターを持ち掛け、クーデターを理由に戦闘を開始し、居留民保護を名目に進駐することで、それを理由に清国との戦闘を開始する口実を作ろうとした。
それが日清戦争の始まりだった。
教科書では、このあたりの歴史は数行でしか表していないだろう。ここで書いたことにしても、人名も書いていなければ、その時代の事件を書いたわけでもないのに、これだけの概要が書けるのだ。それを思えば、歴史の深さがどれだけのものなのか、瀬里奈には分かっていた。
――どうして皆、こんなに面白い歴史を勉強しないのかしら?
と瀬里奈は思っていた。
歴史というと、どうしても、
「暗記物の科目」
という印象が深い。
確かに歴史的な背景は度返しして、入試などの実践的な教科としては、あくまでも暗記物に違いないだろう。だが、最近では、
「教科書では教えない……」
という趣旨の本もたくさん売られていて、授業では習わない裏話が豊富なのが歴史という教科だった。
「女の子なのに歴史が好きだなんて、変わってるでしょう?」
というと、
「そんなことはないんじゃない? 最近では歴史番組とかが教養番組というよりも、バラエティとして放送されることも多いわよ。私は歴史という教科は好きにはなれないけど、そんな番組を見るのは好きだわ」
と、友達に言われた。
「どうしてなの?」
と聞くと、
「だって、歴史と思うから難しく感じるのであって、旅番組だと思えば楽しいでしょう? いずれその場所を旅行で訪れたいと思うような番組構成になっているから、見ている方もいずれ行ってみたいと思うのよ。例えば、その場所のご当地グルメだったり、温泉だったり、旅番組だと思えば楽しいものよ」
「そういえば、列車の旅として見ることもできるわよね」
「その通り、しかも、ナビゲーターにはアイドルを使ったりしているから、余計に興味を持つ人も多いんじゃないかしら?」
「そんなものなのね」
と、瀬里奈は最後はぼかしたような言い方をしたが、友達の言い分には、それなりの説得力を感じた。
実際に瀬里奈は高校に入ってから、彼女と何度も旅行に出かけた。歴史的な場所には、あまり興味を持っていないようだったが、友達も瀬里奈と一緒だというと、親が旅行の許可を出してくれ、お金も出してくれるということで、瀬里奈はうまく利用されていた。
瀬里奈の方としても、友達と一緒だというと、自分の親も同じようなもので、中学時代まで友達などほとんどいなかった瀬里奈に友達ができたことを喜んでいるくらいだった。変わり者の親だったが、瀬里奈が友達と一緒だというと、別に反対もしない。
――友達というのも悪くはない――
と瀬里奈にそう思わせた。
その友達は名前を、佐藤郁美といい、小学校からずっと一緒だった。
高校は別々になってしまったが、高校に入ってからでも、二人は学校でできた友達よりもお互いに二人を欲するようになっていて、
「別々の学校になったことで、却って仲が良くなったような気がするわね」
と言って笑いあえるような仲になっていたのだ。
瀬里奈が自分のこと変わっていて、不思議な発想を持っているということを郁美も分かっていた。
郁美も似たような考えを持っているようで、特に鏡やサッチャー効果の話などに興味を持っていた。
「人の顔が覚えられないということをそういう風に考えられたら、理屈にも適っているような気がするわ」
と、郁美は言っていた。
「郁美も人の顔が覚えられないの?」
と瀬里奈が聞くと、
「そんなことはないわ。でも確かにあなたと言う通り、人に声を掛ける時は、どうしても躊躇してしまうわ。間違ったらどうしようってね。でも、それで声を掛けないことはない。声を掛けなかったことで、後悔したくないからね」
「後悔?」
「ええ。もし相手が自分に気付いていて、それで私が声を掛けなかったとしたら、その人はどう思う? 無視されたって思うんじゃないかしら?」
「確かにそうね」
それくらいのことは瀬里奈にも分かっているつもりであったが、郁美に言われると、それなりの説得力を感じる。
「でしょう?」
瀬里奈は、郁美が有頂天になっているのが分かったが、だからと言ってその気持ちを否定はしない。むしろ、気持ちを大切にしたいくらいだった。
郁美と知り合ったのは、偶然であった。郁美は瀬里奈と家が同じ方向であったが、会ったことはなかった。学校が同じでも、友達グループが違えば、なかなか会うこともないものだと、知り合った時に感じたものだった。
だから、中学時代までは同じクラスになっても意識することはなかったのだが、高校になってから、偶然同じ電車になったのだ。
同じ電車になったのも偶然だったのだが、同じ車両で、席がちょうど空いていたところにお互い意識することなく座ったのだ。
瀬里奈が先に気が付いた。
「ひょっとして、佐藤さんじゃないですか?」
と言われた郁美はドキッとした様子で瀬里奈を見て、瀬里奈がこれでもかと見開いた目で見つめてきたことにビックリしたのだった。
「え、ええ」
と圧倒された郁美は答えたが、相手がたじろいでいるのを見て我に返ったのか、自分が威圧していることに気付いた瀬里奈は、それでも引き返せないところに自分がいることを自覚したのか、さらにまくし立てるように話した。
話をすると、最初は遠慮なのか、躊躇して話をしていたが、まくし立てるようになると、話に夢中になり、時間があっという間だったような気がする。
「こんなに時間があっという間だったことってなかったわ」
と、瀬里奈がいうと、
「そう、そうなのよ。私も同じことを思ってたの」
相手に共鳴されることがこれほど嬉しいことだとは思わなかった。
偶然会った相手と話になって、盛り上がった話の中で、さらに同じことを考えていたなどというと、まるで運命のように感じたとしても不思議ではないだろう。
話題性などほとんどないと思っていた瀬里奈は、普段から考えていることを自分の中で封印していたことをいまさらながらに、思い知らされた。自分の考えていることは人と話をする内容ではなく、自分に言い聞かせるような、納得させる内容ではにないかと思っていた。
郁美の方も、
「今まで人と話をすることなかったので、偶然に感謝ですね」
と言ってくれた。
郁美が偶然だと思っていることも嬉しかった。お互いに人を避けているわけではないのだが、人と話す機会を持つこともなく、つまりは積極的ではない二人が、絵に描いたような偶然の中で仲良くなるのは必然なのではないかと、瀬里奈は感じたのだ。
郁美は瀬里奈と違って、あまり細かいことを気にしない方だと思っていた。しかし話をしてみると、鋭いところをついてくる。