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電子音の魔力

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 確かに郁美は、今から思えば、他の誰かと話をしているところを見たことがなかった。
 いや、正確に言えば、自分が話の中心になっているところを見たことがないというべきであろうか。きっと話しかけられて、戸惑いながらも話し返していただけなのかも知れない。
 表情だってまったく違っている。目の色が違うとは、その時と瀬里奈と話をしている時の違いであろう。
――でも、電子音とはよく気付いたわね――
 それがただの思い付きからなのか、それとも郁美の経験からによるものなのか、分かっていなかった。
 瀬里奈は眠っていて急に目が覚めるようになった最近、感じることとして、
「この頃、よく夢を見るようになったんだけど、いつもちょうどいいところで目が覚めてしまう」
 ということだった。
 瀬里奈がちょうどいいところで目が覚めると思うのは、たぶん、まだ見ていたいと思っている夢だったに違いない。夢の内容まではほぼほぼ覚えていないのだが、怖い夢だったという意識はなかった。
 そういう意味で、
――どうしてこんなにしょっちゅう目が覚めてしまうんだろう――
 と感じるようになったのも無理もないことだった。
 目さえ覚めなければ、きっと気持ちのいい夢を見て、目覚めもよかったに違いない。何よりも、目が覚めてしまったことを後悔することはなかったはずだ。目が覚めてしまったのは誰が悪いわけでもない。他人を責めるわけにはいかないので、結局悪いのは自分である。
 しかし、目が覚めるのは仕方のないことと思うと、自分を責めるのも筋違いだ。
 それは分かっているのだが、誰かを責めないとやっていられないという気持ちから、筋違いであり、しかも腑に落ちないと思いながらも、自分を責めてしまうのだった。
 それだけに、目が覚めてしまう理由がハッキリとしないことは納得がいかない。自分を納得いかせるためには、目が覚めるようになった理由を追求しないわけにはいかなかった。目が覚める理由として電子音が影響していたということが分かったのは、目からうろこが落ちたという意味ではよかったのだろうが、これだけではまだ自分を納得させることができない。
 そもそも自分の寝室で、なぜ電子音が響いていたのかという疑問が解決されたわけではない。朝、あまり目覚めのよくない瀬里奈は、目覚まし時計のアラームと、携帯電話のアラームとを併合させる形で目を覚ますようにしていた。スムーズ機能もつけているので、二度寝してもまたアラームが鳴る仕掛けにはしてあった。
 だから、会社に遅刻するということはなく、朝もゆっくりち余裕を持って目覚めることができていた。
 ただ、夜中に携帯電話のアラームが鳴ったり、目覚まし時計が部屋に響いたりなどということはありえない。どちらかの音であれば、すぐに分かるはずだ。
 だが、目を覚ましてしまう原因となっている電子音は、目覚ましの効果があるほどの大きな音ではない。どちらかというと眠っている自分が夢の中にいるという自覚を与えてくれるものであり、その音が聞こえたことで、自分が夢から覚めようとしていることに気付かされる。
 夢を見ている時に、
――私は今夢を見ているんだわ――
 ということに気付くことはまずない。
 夢を見ているという意識がないからこそ、夢から覚める素振りがないのだと瀬里奈は思っている。夢の中にいる意識がないことが、現実世界と酷似した夢の世界を味わうことができるのだろう。
「夢というのは、潜在意識が見せるものらしい」
 という話を聞いたことがあり、その話を聞いてから、瀬里奈は潜在意識の存在を信じて疑わなくなった。
 潜在意識が見せるものなのだから、まったく自分の知らない世界であることはまれだと思っている。もし、まったく知らないと思っていることであっても、本当は見ていて、忘れてしまっただけのものだと言えなくもないだろう。そう重いことで、デジャブという現象も納得が行くような気がした。
「初めて見たはずなのに、かつてどこかで見たことがあったような気がする」
 という感覚がデジャブという現象である。
 瀬里奈はその現象を、
「何かの辻褄合わせ」
 という感覚を持っていたが、この感覚も人それぞれ、辻褄合わせというのもプロセスであって、最終的に行き着く先は、皆一緒ではないかと思っている。
 人と同じでは嫌だと思っている瀬里奈だったが、最終的には同じであっても、そのプロセスが違っていれば、同じだとは思っていない。そこまで雁字搦めの感覚を持っているわけではなかった。
 潜在意識が夢の裏腹にあるのだから、夢と現実も紙一重だと言えなくもないだろうか。夢を見ていて目が覚めるのは、何かのきっかけがなければありえないことではないだろうか。
 瀬里奈は、夢に対してもう一つの考えを持っていた。
「夢というのは、どんなに長い夢であっても、実際に見ているのは目が覚める寸前の数秒間のことである」
 という思いである。
 これは何かの本に載っていたのだが、この言葉は印象的だった。
 それまでは、夢は眠っている間、深い眠りに就いてから目が覚めるまで、ずっと見ているものだと思っていた。少なくとも数時間は見ているという感覚である。
 だが、その話を聞いてから、夢から現実に引き戻されて、実際に目が覚めるまでの間、夢の内容を必死に思い出そうとしていた。実際に思い出せることもあるので、それを想像していると、夢の中であれだけ時間が掛かって見ていたはずのものが、あっという間に過ぎていくのを感じた。
 もちろん錯覚である。
 錯覚を感じてはいるが、納得のいく錯覚である。逆に錯覚だと思わなければ、錯覚という現象が理屈に合わない。理屈に合わない錯覚は、瀬里奈を納得させることはできない。
 夢から現実に引き戻されてから目が覚めるまでの時間というのは、その時々でバラバラだと思っていた。覚えている夢を見たと思っている時は、思ったよりも長く感じられ、忘れてしまいそうなのだが、忘れたくないというもどかしい気持ちになっている時は、想像以上に短いものだった気がする。
 しかし、最近の瀬里奈はその感覚に疑問を持っていた。
――ひょっとすると、どんな夢を見ていた時であっても、実際にはいつも同じ時間だったのかも知れない――
 と感じていた。
 そう思うと、今度は夢を見ている時間についても、目が覚めるまでと同じで、どんなに長いと思っている夢でも短いと思っている夢でも、それを現実世界の時間という単位に置き換えると、すべてが同じ時間だと考えることもできると思っていた。
 だからこそ、
「夢というのは、どんなに長い夢であっても、実際に見ているのは目が覚める寸前の数秒間のことである」
 という話が気になってしまう。
 頭の片隅で気にはなっていたが、
――まさか、そんなことはない――
 と思っていたので、その話を鵜呑みにはできないでいた。
 頭の中にある夢の世界は、
「やはり現実世界と背中合わせであり、紙一重の世界にいるのではないか」
 という思いであった。
 四次元の世界について、以前見たSFドラマで表現していたのは、
「相手の声は聞こえるのだが、姿が見えない。同じ空間にはいるのだが、次元の違いで、姿を見ることができない」
 というものだった。
作品名:電子音の魔力 作家名:森本晃次