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電子音の魔力

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「ええ、神経質というよりも、元々私って一つのことが気になってしまうと、まわりのことが目に入らなくなることがあるの。最近ではあまりまわりにそんな気にさせないようにしようと思っていたんだけどね」
 というと、
「瀬里奈が集中してしまうとまわりが見えなくなってしまう性格だというのは、私には分かっていたわ。でも、それは一過性のもので、それほどひどいものだとは思っていなかったわ」
「そうよね。一つのことに集中して、まわりが見えなくなることって、誰にでもあることよね。その程度がどれほどのことなのかということが問題なだけで」
「ええ、私にも同じようなところがあるからね。気持ちは分かる気がするわ。でもね、そんな人に限って、人の気持ちを分かる気がするというだけで、本当はどこまで分かっているのかって疑問に思えてくるのよ」
 郁美はそこまでいうと、少し黙ってしまった。
 瀬里奈も少し言葉を続ける気もなくなり、気まずい雰囲気の空気が、微妙な時間を支配していた。
 次に言葉を発したのは郁美だった。
「でも、少し意外だわ」
「何が?」
「瀬里奈が人のことを気にするという言葉を口にするなんてね。私は瀬里奈が他人のことはあまり気にしない人だと思っていたので、それが意外な気がしたの」
 普通に聞けば、皮肉たっぷりの言い方であるが、郁美が瀬里奈に対して発する言葉としては自然だった。
 ハッキリと口には出していなかったが、
「他の人と同じでは嫌だ」
 という瀬里奈の性格を分かっている人がいるとすれば、それは郁美だけではないかと思っていたからだ。
「やっぱり郁美には分かっていたのね」
 と瀬里奈がいうと、
「ええ、瀬里奈って意外と分かりやすいわよ。仲良くなれば特にそう思うわ」
 と郁美がいう。
 郁美はさらに、
「人って、自分の性格を隠そうとすればするほど、相手には分かるというものなのよ。でも瀬里奈だけは別な気がしていたの。瀬里奈は自分の気持ちに蓋をして、隠そうとしているのは分かるんだけど、何を隠そうとしているのかって、分かりにくいと思うのよね。だから中途半端な付き合い方しかしていない人には分かりにくいことではあるんだけど、私のように仲良くなってしまって、お互いに真正面から接している相手に対しては、これほど分かりやすい性格の人っていないように思えるのよ」
 と言った。
「それは、ありがとうと言えばいいのかしら?」
「ええ、それでいいと思う。私だって皮肉を言っているつもりなんかないんだからね」
 瀬里奈は郁美と友達になれて、よかったと思った。
 人によっては、自分のことをズバリ指摘されて、指摘してきた人を煩わしいと思う人もいるだろうが、瀬里奈のように、基本的に人間が好きではないと思っている人には、一人でも理解者がいてくれると思うと、その人だけを大切にしていればいいと思う。煩わしさとは、相手に自分を探ろうとして、理解できないことを面倒くさそうに露骨に態度に出す人を感じた時だと思っていた。相手はそんな気持ちはないのだろうが、瀬里奈には分かっているつもりだった。これも、人にはない自分だけの長所のように思っているが、本当に長所なのか、一人で考えていて結論は出ないと思っていた。
――自分で思い込むしかないんだわ――
 と感じたが、
「納得できることであれば、それは自分にとっての正解なんだわ」
 と思うようになったのだ。
 瀬里奈が自分を納得させることを優先するのは、そんな思いからだった。もっとも、自分を納得させられないことを他人が納得するはずもないというのも瀬里奈の理論であり、その理論を分かってくれるのも、目の前にいる郁美だけではないかと思うようになっていた。
「でも、瀬里奈はそんなに神経質になんかなることはないのよ」
「どうして?」
「瀬里奈が神経質になると、急に寂しくなるのか、たまに自分を他人と比較してみている時があるの。本人は分かっているのかどうか分からないけど、それではせっかくの瀬里奈のいいところが半減するんじゃないかって思うのよ」
「やっぱり郁美n私のことをよく分かってくれているわ」
「そう言ってくれると嬉しいわ。私も瀬里奈と一緒にいると、自分も他人とは違うという気持ちになれるの。私も基本的に瀬里奈と同じ考えなんだけど、徹底できない性格なの。そういう意味で瀬里奈を羨ましいと思うのよ」
 という郁美に、
「そう言ってくれると嬉しいわ。でも私は郁美の余裕のあるところを見習いたいと思っているのも事実なのよ」
「そう? 私は天然なだけよ」
 と郁美は笑ったが、その表情はまんざらでもなさそうだった。
 瀬里奈にとって、そんな郁美の表情が、気に入っているところであった。
 電子音を気にするようになったことを気付かせてくれた郁美のことを、
「元々、勘が鋭い人」
 というイメージを持っていたが、相手が瀬里奈だからうまく感覚が絡み合っているのか、それとも相手が誰であれ、郁美という女性が鋭いのか、どちらなのか瀬里奈は考えてみた。
 本当は、郁美が自分にだけ合う人であってほしいという願望があったが、考えてみれば瀬里奈自身があまりまわりに協調することなく、人と同じでは嫌だと思っているので、そういういいでは郁美には誰ともうまくいってくれる相手であってくれる方が、自分としては都合がいいとも考えられる。
 だが実際に郁美は瀬里奈と一緒にいる時の方が発想も浮かぶらしく、
「私は、瀬里奈さんと一緒にいると、何でも分かる気がするの」
 と言っていた。
 この時の、
「何でも」
 という言葉が、瀬里奈のことなのか、それとも、他の人もターゲットにして言っていることなのか、瀬里奈には分からなかった。
 後から分かったことであるが、郁美にもその時にはどっちなのかよく分かっていなかったようだ。郁美自身も瀬里奈と一緒にいる時が圧倒的に多かったので、よく分からないは無理もないことだった。
 その頃の瀬里奈は、郁美が普段からいつも一緒にいる相手がほとんど自分であるということまで知らなかった。
「余計な詮索はしないようにした方がいい」
 とお互いに感じていたようで、それを敢えて口にしなかったのは、それぞれに相手に対しての気遣いだったのだろう。
 そのおかげでお互いに余計な詮索をしなかったが、なかなか腹を割った話もできていなかった。やっと知り合ってから半年を過ぎる頃に話ができるようになったのだが、そのおかげか、瀬里奈は郁美に対して勘違いしていたことに気が付いた。
 それは、お互い様だったようで、
「この人なら、私のすべてを分かってくれている」
 と、最初から思い込んでいたようだった。
 その違いに最初に気が付いたのは郁美だった。
 郁美はそのことを悟られないように、瀬里奈との会話の回数を徐々に増やしていった。だから瀬里奈の方も、郁美が彼女の方も自分と同じように余計な詮索をしないように思っていたことを感づかせることはなかった。
――それにしても、郁美は電子音のことなどに気が付いたわね――
 と感じた。
――ひょっとすると、郁美の方も近い過去に同じような思いをして、そのことを思い出したのかも知れない――
 と感じた。
作品名:電子音の魔力 作家名:森本晃次