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電子音の魔力

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「グロには露骨さがあり、エロには露骨さよりも不気味さが妖艶さを醸し出しているようだ」
 と感じるようになった。
 瀬里奈がそう感じるのも無理もないこと。両親にそれぞれ感じることであって、同時にエロとグロを感じたことがないように、両親は父親と母親、それぞれ比較してみたこともなかった。
 瀬里奈はグロに関しては、本当は嫌悪を感じていた。
「あんなに気持ち悪いもの、どうして好きな人がいるのかしら?」
 と思っていた。
 基本的に怖がりの瀬里奈は、それが親からの遺伝であることを知っていた。
――これだけだわ。親からの遺伝だって自分で認めてもいいのは――
 声に出さずに心で思うことで、ひょっとすると、顔には出ているのではないかと思ったが、実際に間違っていなかったかも知れない。
 今まで声に出さずに心の中で思ったことは、ほとんどと言っていいほど、感じた相手から看破されていたのである。
「どうして分かったの?」
 と聞くと、
「だって、瀬里奈は分かりやすいんだもん」
 と、笑いながら言われると、
「当たり前でしょう」
 と言わんばかりのその表情に、
――自分も同じように分かりやすい表情になっていたんじゃないか――
 と感じ、こちらも苦笑いするしかなかった。
 瀬里奈は、自分の気持ちが顔には出にくいタイプだと思っていた。それは母親を見ているからで、いつも無表情の母親に対し、どう対応していいのか分かりかねている父親を見ると、自分まで戸惑ってしまうことが分かっているからだった。
 父親とは性格の違いから確執があったが、気持ちが分からないわけではない。分かるからこそ、自分との違いがハッキリするのであって、
――嫌なものは嫌だ――
 と感じることができるのだ。
 自分がいじめられっ子だったことを、ずっと両親には黙っていた。苛めっ子の方もうまく立ち回っていたので、きっと先生も知らなかったかも知れない。だから、学校から苛めの話が漏れるはずもなく、瀬里奈から直接両親に感づかれることがない限り、苛めの事実が露呈することはないと思っていた。
 しかし、どこから漏れたのか分からないが、両親は瀬里奈が苛められていたことを知っていた。
 知っていて瀬里奈には黙っていた。結果的には苛めを知られたくないと思っていた瀬里奈には好都合だったが、両親の方としても、
――煩わしいことに関わらなくてよかった――
 と思っていたに違いない。
 瀬里奈が苛めに遭っていたことを両親が知っていた時期がどれくらいのものなのかハッキリと分からないが、黙っていればいいものを、その事実が白日の下に晒されたのは、父親の口からだった。
 父親は本当に瀬里奈には理解できない性格をしていた。あの時もちょっとしたことから言い争いになり、売り言葉に買い言葉、
「だから、お前は苛められたりするんだ」
 と、興奮した父親から罵倒された。
 その時、まわりの空気が止まってしまったような気がした。空気だけではなく、ひょっとすると時間まで止まってしまっていたのかも知れない。まわりに誰もいなかったので、
「その時、時間が止まっていた」
 と言われたとしても、信じたかも知れない。
 父親も、一瞬、
「しまった」
 と思ったかも知れない。
 唇を噛みしめたように見えた瞬間、
「ちっ」
 という舌打ちの音が聞こえたからだ。
 その舌打ちを聞いた瞬間、また空気と時間が流れ始めた。瀬里奈は金縛りから解放されたかのように、その瞬間が別世界の出来事であったかのように思えて、我に返って父親を見ると、父親は憔悴したかのように気だるさが身体から滲み出ていた。
――何という茶番なんだろう?
 瀬里奈は、この別世界の瞬間を、
「茶番」
 だと解釈した。
 なぜなら、我に返ってみると、それまで言い争っていた内容がまるで子供の喧嘩でしかないように思えた。
――どうして、言い争いなんかになったのかしら?
 と感じたが、言い争いになった瞬間が、まるで遠い過去のように思えて、そのきっかけすら忘れてしまっていた。
 言い争いというほどの大した理由ではなかったはずだ。あくまでも売り言葉に買い言葉、子供の喧嘩というのは、そんなものである。
 ただ、我に返った理由が父親の舌打ちだったということが瀬里奈を納得させようとは思えなかった。
――あの時、舌打ちがなかったら、どうなっていたんだろう?
 と思うとゾッとする。
 我に返るために父親がした舌打ち、それは娘にとって衝撃的なことだった。つまり、あの場面で我に返ることができるためには、きっと衝撃的な何かが必要だったということを示している。
 瀬里奈は父親と母親の違いについて考えていた。それはいつも頭の中にあることで、特に両親のうちのどちらかと一緒にいる時には必ずと言っていいほど考えていた。
――そういえば、両親が揃って私と一緒の時って、だいぶなかったような気がするわ――
 瀬里奈の記憶では、小学生の低学年の頃だったように思うが、最後がいつだったのか、そしてその時のシチュエーションがどんなものだったのかなど、まったく覚えていなかった。
 父親と言い争いをして、言いたい放題の応酬をしていた時も頭の中で考えていたような気がする。そして、そんな時だからこそ、思いつくこともあった。
 普段考えている時は、何かを思いついても次の瞬間に、
――やっぱり違うわ――
 と、気持ちを打ち消している自分がいた。
 しかし、その日は記憶が消えることはない。ハッキリと感じた。
――最初から分かっていたことなのに――
 と感じたのは、そんな簡単なことをどうして思えなかったのかということであったが、それ以上に、思いついても忘れてしまうことで、忘れてしまった瞬間、
――このまま忘れてしまったら、もう二度と思いつかないかも知れない――
 という意味があるのかどうか分からないプレッシャーが、瀬里奈に襲い掛かっていたのだ。
 瀬里奈が思いついた、
「最初から分かっていたこと」
 というのは、
「母親はまわりの人に気を遣うことばかり考えているけど、父親はまったく人に気なんか遣わない人だということ」
 であった。
 ただ、これは家族以外(いや瀬里奈以外と言ってもいいかも知れない)を対象としてのことなのだ。
 瀬里奈はそこまで考えてくると、父に対して思い切り言える自分に納得が行った気がした。
 両親を見ていれば、最初から分かっていたはずのこと。いや、自分と両親との関係を考えた時、何度も頭の中で浮かんでは消えていったことであるように思えた。いくら一瞬で消えたとしても、その印象は深く根付いていたと思っているのに、こういうきっかけがなければ理解できない。それはきっと瀬里奈が、
――きっかけは、自分が納得できることを導き出さすことができてこそ、初めてそれがきっかけであると分かるんだわ――
 と感じるからだった。
 それにしても、人に気を遣うことをまったくしないと思っている父が舌打ちをしたって、そんなことを別に気にすることではないと自分に言い聞かせたのだが、なぜ、衝撃的だったのか、言い聞かせた自分に対して衝撃を受けた自分はその理由を返してくれない。
――やっぱり、納得が行っていないんだわ――
作品名:電子音の魔力 作家名:森本晃次